第五十四話 俺は船中八策をプロデュースする
薩土盟約と大政奉還の事業により忙しい――――らしい、後藤が。
俺も後藤に呼ばれて宴会係をやっている。
薩摩の西郷や小松とはマブダチだし顔も広いからな。でも、ことは土佐藩の一大事業なので家老である後藤が取り仕切って走り回っている。すると俺の仕事がいまひとつ少ない。
今日は暇だな~。
と、海援隊の屯所でぶらぶらしていると、長岡謙吉が俺の元へとやってきた。
こいつには海援隊の業務を丸投げしてるから忙しいはずなんだがな。
「これを見ていただきたいのですが」
そうやって長岡が見せてきた書類は大政奉還後の政府のあり方についての意見書だった。
議会の設立やら海軍の創設やら天皇を守る親兵やら憲法の制定やらいろいろ書いてある。俺も断片的には大久保一翁や横井小楠から聞いたことがある。そういえば小龍先生も議会や憲法について話をしていたな。海軍の創設については勝先生や俺の悲願だ。
「なかなか面白い。上手くまとまってるな。これだけの意見書はその辺の学者にも書けんぜよ」
素直に感心する。
もしかするとこいつに海援隊の事務なんかやらせてるのは才能の無駄遣いなのではないのだろうか。
しかし、こいつがいないと人材が足りないからな。
「さすがですね。坂本さん。この意見書の内容を一読で理解するとは」
ん? 馬鹿にされてる気がする。
「海援隊のほかの人は意味さえ理解してくれませんでした」
馬鹿にされてるのは俺以外でした!
「まあ、陸奥さんは手伝ってくれましたけどね。彼は不平等条約の改正の一文を入れるべきだと熱弁してました。さすがに坂本さんの秘蔵っ子だけあって才溢れる青年ですね」
だ れ だ そ い つ。
俺の知ってる陸奥と違う。
「それでお願いがあるのですが………」
ああ、やはりか。ついにきたか。
これだけの才と実力がある奴がいつまでも俺の使い走りやってくれるわけないもんな。
この意見書を後藤やら西郷に見せたら一気に優秀さが知れ渡るだろう。志士として第一線に出て海援隊の仕事なんかやる暇がなくなるはずだ。
「この意見書を―――――坂本さんが書いたってことにしてもらえますか?」
「はいはい、後藤に提出してや―――――へぇ!?」
「無名な私が書いたことにするよりも坂本さんの意見とした方が話題になり注目されます。ここに書いてあることは小龍先生や横井小楠の受け売りで特別目新しいものではありません。私の名前で出回っても無視される可能性があります」
「じゃ、じゃがな。この意見書を出せば、おんしの名は有名になるぜよ」
「私は名より実を取ります。今は大政奉還が成すかなるかの大詰めの時期です。今更名を上げても出来ることはほとんどありません。なら、坂本さんの名前を利用して最大限の効果を得たいのです」
うーん。理屈は分かる。
名誉のために我慢したり死にたがる武士の価値観よりも、実利を選ぶというのは俺の考えに近い。
だが、俺は名も実も欲しいけれどな。
「分かった。俺の発案ということにしよう」
「ありがとうございます」
俺が頷くと長岡が顔を明るくする。
「しかし、これだけだと一見して注目を集めるのには不足ぜよ」
「そうでしょうか。注目を集めるために実現不可能な案を入れるのは止めた方がいいと思います」
「内容ではないぜよ。ただの意見書では話題にならん。ようは表紙、第一印象ぜよ。なんらかの題が必要になるな。八つの政策が載っているから八策でいいとして………」
「新政府案八策とか?」
「つまらん、それはつまらん」
俺は考える。もっとインパクトのある名前を。
「これを読んだみんなが感動して感謝するような策―――――ありがとう八策!」
「………」
長岡が冷たい目で俺を見る。
「え、英語にして―――――サンキュー八策!」
「………」
長岡が冷たい目で俺を見る。
「サンキュー、センキュー、センチュー、―――――そうだ! 船の中で作った策ということで『船中八策』! 海援隊は海運業兼海軍やき、船の上で作ったというのには説得力があって話題になるぜよ!」
「すばらしいですね。さすがは坂本さん」
さっきまで俺に冷たい視線を突き刺してたくせに!
「そういえばこの間、薩土盟約の締結のために船に乗って京都へ行きましたよね。その道中で作ったことにしましょう。歴史的偉業のさなかに作った歴史的な意見書。これは話題になります」
長岡も興奮し始めている。
確かにこれは注目を集めるかもしれないな。
製作長岡謙吉、プロデュース坂本龍馬というところだろうか。
俺はその意見書を持って後藤のもとを訪ねることにした。
こうして『船中八策』が世に知られることになる。
はずだった。
「うっさい、今は忙しいんじゃ。お前のせいじゃ。海援隊の隊士がイギリス人の水兵を殺したと訴えがあったんじゃ。何とかしろ!」
ほぇ!!!




