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第四十九話 俺は清風亭で後藤象二郎と握手をする

 土佐藩の前藩主であり今でも藩政に多大な影響力を持つ山内容堂。

 「酔えば勤皇、覚めれば佐幕」と揶揄されてるように政治姿勢がぶれている。


 まあ、言ってしまえば心情的には勤皇だし改革派だけれど、薩長のように倒幕までは考えていない。

 そういう微妙な立ち位置なのである。

 松平春嶽も似たような立場なのだが、春嶽公の場合は数年前まで幕政の中心にいたこともあり未だ佐幕派のイメージが強い。

 それに土佐出身の俺からすると容堂公を説得した方がいろいろと利益がある。

 家に帰れるようにもなるしな。


 そういう個人的な理由もあって俺の標的は山内容堂となった。

 まずは土佐藩と渡りをつけないといけない。

 ちょうど長崎に土佐藩が土佐商会というのを立ち上げているようだからそこに接触するのがいいだろう。まずは長岡に土佐商会を調べてもらった。



「こんにちは。おおう。龍馬じゃないか。おんしの亀山社中と土佐商会の繋ぎ役としてわしが選ばれての。今後ともよろしく頼むよ」

 亀山社中にやってきたのは溝渕さんだった。

 いい年して使いっぱしりをやっているのか。

 まあ、郷士なんてものはいくつになってもそんなものか。俺と面識があるからちょうどいいと思われたのだろうし。


「溝渕さん、久しぶりじゃの。10年ぶりくらいか」

「一月前くらいに会ったじゃないか」

「そうやったかの?」


 俺と溝渕さんは旧交を温めた。

 そして現状を確認しあう。


 土佐藩は土佐勤皇党を弾圧して幕府に寄った。これは山内容堂公の主導による。現藩主はただのお飾りでしかない。

 だが、薩摩と長州の同盟に第二次長州征伐の失敗、そして将軍家茂の死去により世の中の流れが変わってきた。幕府の力の衰えが明らかになったのである。

 今は徳川慶喜と老中達が必死になり幕府の権威を守ろうとしているようだが一度失った流れはどうにもならない。かといって一気に倒幕の流れになるかといえばそういうわけにもいかない。

 薩摩の島津久光。薩摩を支配する久光公が倒幕を望んでいないのだ。大久保や西郷がいくら工作しようが主君の意向には逆らえないだろう。長州の場合は藩主親子が木戸達の言うことに頷くだけらしいけどな。


 そういうこともあり今の主流は諸侯会議派だ。松平春嶽、島津久光、山内容堂、皆で幕府に働きかけている。それをもう一歩踏み込むのが大政奉還なのである。将軍職を朝廷に一時返上して天皇を中心とした国家に再編する。その議長として徳川家が立ち薩摩や土佐や越前が補佐にまわる。

 この案は土佐にとっても悪い話ではない。それをどうやって持っていくかである。


 一方で土佐側としては土佐勤皇党を弾圧したことで、いわゆる志士達への繋ぎがなくなった。

 武市がいれば薩摩や長州、その他の志士との連携を取らせて幕府に圧力をかけさせることが出来た。

 その武市の代わりとして亀山社中と俺の力が必要となったのである。


 利害は一致する。



「土佐商会の方は貿易に力を入れておっての。元は吉田東洋の政策であった貿易の拡大を弟子達が意思をついでやっている。俺は藩に命じられて手伝っているだけじゃ。今の土佐商会を支えておるのは郷士の岩崎弥太郎という者やぞ」


「弥太郎! ってどっかで聞いた気がするけど誰やったかいの」


「そして責任者は後藤象二郎様だ」


 後藤象二郎。吉田東洋の甥で土佐勤皇党の弾圧の責任者。

 奴は武市に恨みがあったはずだ。そして土佐勤皇党だった俺にもいい印象を持っていない。俺としても武市の仇ともいえる後藤象二郎と手を組みたいとは思わない。

 嫌な名前が出てきやがった。


「後藤様はぜひ龍馬と会いたいとおっしゃってる」

 俺の不快感に気付かずに溝渕さんがニコニコと言う。空気の読めない人だ。

 溝渕さんも土佐勤皇党ではないとはいえ下士なんだから弾圧した上士に尻尾振ってるんじゃねぇよ。


「後藤様はとても懐の深い人だぞ。おんしらのことも悪いようにせん」

 どうやら溝渕さんは後藤を信用しているようだ。

 俺は後藤と会ったことがあった。何を考えているか分からない不気味や奴だったと記憶している。

 後藤とは手を組みたくは無い。しかし、土佐と手を組まないことには亀山社中は終りだ。

 仕方が無いか………。


「分かった。会談の席を設けるぜよ」


 俺と後藤象二郎。土佐商会の幹部の上士達と亀山社中の下士達。互いに敵同士ともいえる両者の会談が決まった。


 場所は長崎の料亭、清風亭である。




 後藤と手を組むかは完全に決めてはいない。

 亀山社中の仲間にも相談はしてみたが土佐藩出身の者を中心に慎重論が出ていた。

 最終的には俺の決断に任せるとのことではあるが、悩ましいところである。

 とりあえず話がどう転んでもいいように準備だけはする。

 溝渕さんから後藤の好みを聞き出して芸者を用意しておくのだ。上手い具合にお元が後藤のタイプに近いということで清風亭に呼んである。



「龍馬だな。よろしく頼む」

 清風亭に着くと後藤が既に座っていて俺を出迎えた。

 鷹揚とした態度で後藤は出迎える。相変わらず腹の底の読めない奴だ。

 ある意味で西郷に似ているのかもしれないが、個人的には西郷よりもやっかいだ。西郷は薩摩藩のために日本のために手を汚す清濁併せ持つだけの度量がある。後藤の場合には本質が分からないだけに対応しにくい。


「こちらこそ頼むぜよ。後藤さん」

 俺が気安く声をかけて座ると上士達の雰囲気がピリッとした。

 どうやら下士であり脱藩浪士である俺が失礼な態度をとっているのが気に食わないようだ。それに対して後藤は何の反応もない。


「さっそくだが龍馬よ。土佐藩は亀山社中の人脈や能力を必要としておる。協力してくれんか」

 単刀直入に後藤が話しかけてくる。

 俺は言質を取らせないようにはぐらかせながら条件を聞き出す。

 話は悪くない。むしろ良すぎるくらいだ。気持ち悪い。


「後藤という人物は上士なのに話が分かりそうだな」

 こそこそと沢村が小さな声で俺に言う。

 こいつは早くも後藤に騙されたか。

 一見すると話がうまく懐が深いように見えるが、何を考えているか分からない。のらりくらりと本質をつかませない。話に具体性があるようで曖昧なところがある。

 気に入らない。


「とりあえず話は少し中断して酒でも飲むぜよ」

 そう言って芸者を呼ばせる。

 完全に後藤のペースだ。ここでお元を使って俺のペースにしてやる。

 襖が開きお酒を持った女性が数人出てきた。

 一人はお元であり後藤のところに酒を注ぎに行く。

 そして俺のところに酒を注ぎに来たのは………。


「お龍!」

 俺の奥さんだ。


「龍馬が気をつかわなくていいようにご内儀を呼んでおいたぞ」

 後藤がにやけながら言う。

 ということは裏でお龍とお元の鉢合わせしてたのか。なんかお龍の目が冷たい。お元はクスクスと笑っている。

「お元さんというのは可愛らしい人ですね」

 ボソリと耳元で囁くお龍。

 冷や汗が出てきた。


 ぐっ。なんだこれは。

 完全にペースを崩された。後藤のやろう!

 沢村とかは気がきく人ですねとか言ってやがるし。空気読めない馬鹿は黙ってろ!

 この人を食った演出とか深く考えているようで適当に他人で遊ぶ性格とかすげぇムカつく。

 なんかどこかでこんな奴がいた気がするわ。

 いたら凄い腹が立つけどな。


 話がうまくてカリスマ性があってイタズラ心があるが、何を考えているか分からず人を食って適当な奴。

 本当にどこか近くにこんな奴がいた気がする。

 誰だ。

 誰だっけ。

 …………俺じゃん。



「チッ」

 俺は舌打する。

 その音は相手側に聞こえたらしくて上士共が苦い顔をした。


 俺は立ち上がり後藤の方に歩く。そして後藤を見下ろすように目前で立ち止まった。


「わしゃあ、おんしが嫌いじゃ」

 その言葉にさすがの後藤もピクリと表情を崩す。

「話が分かるようで腹の底が読めん。深く考えているようで行き当たりばったり。ハッタリと勢いでなんとか思ってるところが気に食わん」

 そう言って俺は右手を差し出す。

「つまりはわしとおんしは似た者同士ちゅーわけじゃ」


 後藤は立ち上がる。

「それは腹が立つの。同族嫌悪という言葉を知っておるか。自分と似た奴はとても嫌いになるという意味だ。私も貴様のような男は大嫌いだ」

 後藤はそう言うと俺の右手を握った。


 二人で固く握手する。


「亀山社中は土佐藩の参加に入るぜよ。後藤さんのことは大嫌いやき懐に入り込んで見張らんといかんぜよ」

「それは困るな。薩摩とのつながりは維持してくれ。薩摩と土佐の両藩から出資を受け付けるカンパニーということでどうじゃ。私も龍馬のことは大嫌いだから手を組みたい」


 ふふふふふ。

 俺達は互いに顔を見合わせながら笑いあう。

 ようやく後藤の腹の底が見えた気がした。

 こいつは信用ならねー。

 俺が自分のことを一番信用してないのと同じようにな。


 だが俺と似ているからそ手を組めばなんでも出来そうな気がする。

 坂本龍馬が二人いたらそれは無敵だぜ。

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