第四十八話 俺は大政奉還で一発逆転の策を練る
「亀山社中の副社長に長岡謙吉を任命する」
「ま、待ってください。龍馬さん」
俺の人事に口を挟んできる沢村。確かに新参の長岡が急に自分を追い越したら不満だろう。
その辺りのことはちゃんと考えてある。
「待つぜよ沢村。おんしは亀山社中の社長に任命するきに」
「えっ、そうなんですか!」
喜ぶ沢村。単純だぜ。
「龍馬さんはどうするんですか?」
長岡が聞いてきた。
「わしは相談役というところかのぉ」
「雑事を押し付けましたね」
俺の言葉に長岡がため息を吐く。
借金まみれの亀山社中に関わっている暇なんかないわ。もう諦めた。
後はみんなで勝手にやってくれ。
俺は長崎を後にして一人で志士活動を始めることにした。
一応、これからの青写真はある。
一発逆転のアイデア、大政奉還だ。
なんと徳川将軍家に将軍職を朝廷に返上させるというウルトラCである。なんという大胆な発想、驚天動地なアイデア。凄い俺。
………元ネタは大久保一翁のおっさんです。
大久保一翁は幕臣で勝先生を取り立てた人でもある。だけど世渡りが下手で何度も失脚したりしているとか。
俺が勝先生の弟子として江戸と大阪を往復している時に何度か会ったことがある。その時に聞いたのが大政奉還だ。
正直なところその時は馬鹿馬鹿しいとしか思っていなかった。だが、今ならば現実味があるのではないだろうか。長州との戦に負けた幕府の権威は失墜し、長州は勢いにのっている。このままだと薩長と全面戦争になってしまう。それは幕府も避けたいだろう。
一方で薩摩も幕府との全面戦争は避けたいはずである。島津久光公は兄の斉彬公の意思を継いで雄藩連合で大名同士の合議制を望んでいる。西郷や大久保も頭がいいので国内での大きな内乱は嫌なはずだ。
とすると戦を望んでいるのは長州だけ。
木戸らを後ろから撃つことになるけれども、大政奉還のアイデアを使って一躍表舞台に返り咲いてやる。
とのことで、俺が向かったのは越前だった。
松平春嶽公に拝謁するためである。
「大政奉還とは面白い案だのぉ」
春嶽公は感心している。
この暢気な坊ちゃん大名をうまいこと乗せてやる。春嶽公はは慶喜公と袂を分かった後は政治的に力を振るう場所がなくなっている。俺の提案は渡りに船なはずだ。
春嶽公が後ろ盾になれば薩摩とも互角の交渉が出来るはずである。
「それに薩摩と長州を結びつけたという男がぬけぬけと佐幕派のワシのところに来るのも度胸があって面白い」
春嶽公がギロリと俺を睨む。
まるで俺の命は自分の手のひらの上だと言う様に。
少し甘く見てたか。しかし、ここで俺を斬るような直情型の人間ではないことくらいは確信してる。
「熊本に横井小楠がおる。あいつも大政奉還の案を練っておったわ。会いに行くがいい」
ほっ。なんださっきのは只の脅しか。
「小楠はもう越前福井藩とはかかわりのない人物。ワシはこの件には一切関わっておらぬからな」
そう言うと春嶽公は俺を追い出した。
つまりは利用はするが手は貸さないってことだ。後ろ盾を得る計画は失敗した。
とはいえ成果がなかったわけではない。稀代の学者である横井小楠も大政奉還を考えてるとは俺の勘も大したもんだ。横井小楠に会えば他に後ろ盾が出来るかもしれない。
俺は熊本へとんだ。
俺は長崎に帰ってきた。
横井小楠に会って大政奉還の有用性やそれを実現させる方法を朝まで語り合ってきた。
さすがに偉い学者だけあって思いつきの俺とは違い理論がしっかりしてやがる。しかし、単なる無職となっていた横井小楠から新しいスポンサーを得ることは出来なかった。
結局は何も変わらない。
なんて思った?
いやいや横井小楠からいいアイデアを貰って来たんだよね。
俺は亀山社中へと戻った。
「みんな! これから日本を洗濯するぜよ。もう日本中がひっくり返るぜよ!」
勢い良く捲くし立てる。
「亀山社中が再び志士たちの中心に躍り出るぜよ。………ということで、再び俺が社長な」
俺は沢村の肩を叩く。
「ちょっ、それでは私はどうなるんですか!」
「沢村は俺の代わりに相談役になってくれ」
「龍馬さんの代わり………はいっ! 頑張ります」
なんの実権もないけどな。
馬鹿で良かった。
とりあえず俺は大政奉還について説明することにした。
その話の内容が分かったのは陸奥と長岡くらいだろうか。他は脳筋だから分かってないと思う。
「とにかく亀山社中で日本を洗濯するぜよ。そのためには同志に引き込まなければいかん人がおる」
「誰ですか? まさか薩摩の西郷とか」
長岡が言う。違うな薩摩は倒幕派に寄り過ぎている。幕府から信用されないだろう。
「幕府に伝手がある人ということで勝先生とかでは?」
陸奥が言う。残念、勝先生とか一翁のおっちゃんとかじゃ権力がなさすぎる。
幕府に顔が利いて権力があり倒幕派でも佐幕派でもない人物。最初は松平春嶽を口説き落とそうと思っていたが、横井小楠と話をした結果としてもっと相応しい人物が見つかった。
俺は息を吐くと、ゆっくりと辺りを見渡してみんなの顔を見つめながら口を開いた。
「土佐藩の山内容堂公ぜよ」