第四十四話 俺は新婚旅行に行く
目が覚めた。視界がぼんやりとしてよく見えない。
「龍馬はん!」
お龍の声が聞こえた。俺はその声を頼りに右手を上げる。刀で斬られたその手には包帯が巻いてあった。
ガシッと俺の手を掴まれた。視界が少しずつ晴れてお龍の姿が見える。
両手を顔にあてて涙を流している。
………両手を?
では、俺の手を握ってるのは?
「助かって良かったでござる」
お前生きていたのかよっ!
「拙者は坂本氏と別れた後に一人で戦いながら逃げたでござる。もちろん無傷でござる」
三吉はドヤ顔でそう言った。
伏見奉行所の役人たちが実践慣れしてなかったらしいとはいえ、あの数を相手に無傷で逃げ切るとはただものではないな。さすがに高杉が推薦した護衛というところか。
それはそうとして。
「手ぇ離せ!」
お龍は俺と三吉が逃げた後に寺田屋の女主人であるお登勢から薩摩藩に助けを求めるように言われると、走って薩摩藩邸に駆け込んで俺の危険を知らせてくれたそうだ。そのおかげでなんとか死なずにすんだ。
こうして俺は薩摩藩士に抱えられて薩摩藩邸まで連れて来られて匿われることとなったのだ。
結構な重症であり意識不明の状態がしばらく続いていたそうだ。
その間、お龍が俺の看病をしてくれたのだ。
目が覚めてからもお龍がずっと看病してくれている。薩摩藩邸は安全だからいいと言っているのに三吉は隣の部屋でずっと待機している。
こうしてしばらくの間、俺は怪我の回復についやした。
薩摩藩邸で寝込んでいる間に2つの話が持ち込まれた。
1つは木戸からの依頼で薩長同盟の念書に裏書して欲しいというものだ。
俺はたんなる立会人で脱藩浪士でしかないのだが、薩摩藩の約束だけでは心配らしい。なんの因果か坂本龍馬の名前は志士の間ではそれなりに有名なので同盟に対する説得力が出るというものだ。
しかし、仮に薩摩が裏切ったとしても俺がどうにか出来るもんでもないけどね。むしろ薩摩に雇われているようなもんだから意味ない気もする。
断る必要もなかったので軽くサインしておいたけどな。
もしかすると未来においては薩長同盟は坂本龍馬が一人で行ったとかいう伝説が出来たりしてな。
・・・それはないか。
2つ目は近藤長次郎の切腹だ。
沢村からの手紙によると船を手に入れると嘘をついて金を横領した上に海外に逃げようとしたから、皆で問い詰めて切腹させたという話だ。
船か・・・。
ユニオン号が手にいれられなかったことに関しては俺にも責任があるし複雑だ。
「俺がいれば長次郎を切腹させずにすんだだろうきに」
ボソリとつぶやく。
悪いことしたなちゃんと供養してやろう。少し鼻につく奴ではあったが悪い奴ではなかった。
だが、それはそれとして亀山社中の規律を徹底させるにはこの件は承認しておかないとならないだろうな。リーダーたる俺が長次郎を庇って沢村を責めたら組織として瓦解しかねない。
いろんな浪人が集まっていることだし規律違反をしたら厳罰もあるということを示さないといけないし、リーダーの俺が間違ったということは言ってはいけないし、社中のNo2の沢村と俺に齟齬があると思われてもいけない。
俺は沢村に良くやったという趣旨の手紙を書いて置いた。
しばらくは薩摩藩邸で静養をしていた。
その間に何度か幕府の使いが来たそうだが追い返したらしい。本当に薩摩には世話になるな。
そして看病を続けてくれたお龍に俺はすっかり参ってしまった。
前から惚れてはいたのだし、祝言のようなものもあげることにした。
だが、あれは現地妻みたいなもので志士たちの間の流行にのってやっちゃったものである。見届けたのも友人の志士数人と寺田屋の女将くらいだったし。
しかし、今回のことでいつ死んでもおかしくないという心境になり、そうであれば後悔しない人生を送りたいと思うようになった。
それでお龍と正式に夫婦になることにする。
ちょうどいいタイミングで中岡が見舞いに来てくれた。
それで中岡を媒酌人として薩摩の後見のもとで、お龍と俺は結婚した。
そのことを実家の権平兄貴にも手紙で知らせておいた。幕府に追われる身なので会うことは出来ないがせめて無事を知らせておこう。
そしてケガもかなり回復した頃、俺に薩摩で療養しないかという話が持ち上がった。
薩摩で療養か。温泉とかに入ってゆっくりしたいな。
待てよ、温泉というなら混浴だ。お龍と一緒にだな・・・ぐふふ。
「西洋には結婚したばかりの夫婦が一緒に旅行に行く風習があると聞いたぜよ。ハネムーン・・・やったか。お龍、ハネムーンに行くぜよ」
こうして俺とお龍は新婚旅行に行くことになった。
日本で始めての新婚旅行だということだ。
俺とお龍は二人で新婚旅行に出かけた。
温泉を巡り傷を癒しながらののんびりした旅だ。
春先で少し暖かくなってきていたので、露天風呂もちょうどいい。雪景色の露天風呂も悪くはないが、出たらすぐ冷えるのも嫌だしな。
お龍もとても喜んではしゃいでいた。
温泉以外にも山を散策したりもした。
山の中腹で銃を構える。
狙いを定めて引き金を引く。
的の中央を見事に射抜く。
………お龍が。
山の中で護身のために銃の打ち方を教えたら俺より上達してしまいった。なんか俺の立場がないような気がする。
霧島温泉はとても良かった。
特に混浴が良かった。
そして霧島から高原へ行き高千穂峰を登る。
この登山が結構きつかった。静養に来てなんでこんな面倒なことをしているんだと思ったりもする。どうせなら名所見物くらいはしないととか思った昨日の俺を叱りたい。
そんな風にふらふらしながら登山をしている俺の横を颯爽と登るお龍。
…………銃の腕といいこの健脚といい、寺田屋で宿の仕事を手伝ってるのは才能の無駄遣いなんではないだろうか。
そんなキツイ登山が終わり、山頂に着いた。
ここは高天原とも呼ばれ神の降り立った天孫降臨の伝承がある場所である。
そして神話の時代からあるという天の逆鉾が地面に突き刺さっていた。
神々しいその様子に疲れも吹き飛ぶ。
「これが天の逆鉾か」
俺は感心して眺める。神話の時代からあると言われる伝説の鉾。
俺はそれを地面から引き抜く。
そして頭上に掲げる。
「坂本龍馬、ここに参上ぜよ。今一度日本を洗濯致し候! カーッカッカッカ!」
俺は誰もいない山の上でそう叫ぶと高笑いをした。
俺の笑い声が山彦となって反響する。
お龍が呆れた顔で見つめていた。坂本龍馬三十二歳の春である。