第四十三話 俺は九死に一生を得る
薩摩と長州を結びつける秘密同盟の締結から三日後。
俺はようやく寺田屋へと帰り着いた。
本当に薩摩の奴らの宴会好きは困ったもんだ。芋焼酎を何杯飲ませれば気がすむんだ。もっとも俺も土佐出身だからな酒には強いんだが。
だが、今は酒よりも女だ。ようやく龍に会える。
「お龍! 待っちょいてくれたか!」
「龍馬はん。遅いです。いったい何をしてはったん」
「すまんやき。仕事が立て込んでの」
拗ねる龍を宥める。
そろそろ日も暮れる頃だし、もう我慢出来ない。
「お龍、久々に………我慢できんぜよ!」
「そんなにせかさないでぇ、お風呂にはいってきますよって。お布団はお隣の座敷にひいてあります」
お龍は流し目でそう言うとそそくさと部屋を出て行く。
うぉ~。燃えてきた。
ギンギンと熱く血潮がたぎるぜ。主に下半身の。
ところで。
ところで一つだけ気になってるのだが。
「おんしは何でそこにいるぜよ」
部屋の隅に座っている三吉をにらむ。
「拙者のことは気にしないでいいでござる」
気にするわ!
人が愛人とエッチしようとしてるところにいるつもりか!
「取り込み中やき、出て行ってくれんかの」
「拙者は護衛でござる。いかなる時も一緒でござる」
「それも時と場合によるぜよ」
「拙者はプロでござる」
俺と三吉慎蔵は互いに睨みあう。
高杉の奴、変なのを押し付けやがって!
その後も出て行け、残るの押し問答。一向に拉致があかない。
「いいから出て行け!」
俺は廊下に続く襖を思いっきり開けた。
その時。
ドタドタダダダダッ。
階段を勢いよく走る足音がした。そしてその勢いのまま俺の部屋に人影が飛び込む。
「はぁ、はぁ……り、龍馬さん……」
襦袢姿で部屋に飛び込んできたお龍。
いくら俺が恋しいからとはいえ、そんな裸同然の姿で宿の中を走り回らなくても。
「眼福でござる」
三吉、後でシメル。
「り、龍馬さん! 役人が、役人が宿を取り囲んでます」
息を整えたお龍がやっとのことで叫ぶ。
な、なんだと!
三吉が槍から袋を外して構える。
俺は刀を取り腰に構える。
ドタドタドタ。
複数の足音が聞こえてきた。
階段を役人が登ってくる。
一人、二人、三人、………いっぱい。
ってマジでいっぱいだわ。宿屋に十人以上の役人が踏み込んで来るんだよ。
「坂本龍馬だな。伏見奉行所のものだ。大人しくお縄につけ!」
俺を取り囲む役人たちの中から偉そうや男が一人出てきた。数が多いから調子に乗っているようだ。
しかし、この数では簡単に逃げられない。どうにか策を考えないと。
「どうしてここが分かった」
こういう時は会話して気を逸らす。
「大きな槍を持ったサムライがうろうろしていると通報があったから調べた」
役人は俺の横を見る。
俺は隣を見る。
三吉が後ろを振り返る。
お前だよ!
「油断も隙もないでござるな」
「おまんは油断だらけぜよ」
「だが安心するでござる。拙者の護衛としての実力をとくとご覧に入れるでござる」
三吉が槍を構える。
槍を振りかぶる。
槍が天井に当たる。
「狭いでござる」
室内でそんな長い槍が振り回せるかいっ!
「おのれ、抵抗する気か」
役人の親分が合図をした。それで周りを取り囲んでいた役人達が刀を抜く。
十数人の役人と相対するは俺と三吉の二人。まさに絶対絶命とはこのことだ。
高杉の予言が当たったのかもしれない。
高杉の予言か、とりあえずは使わせてもらうか。
俺は懐に手を入れると拳銃を取り出す。
ニヤリと笑い狙いをつけて一発ぶっ放した。
バンと乾いた音がして役人の一人がうずくまる。膝をつき口から血を吐き、そのまま前に倒れた。
「最新式の銃ぜよ。死にたい奴からかかってきいや」
俺はドスの聞いた声で周囲を牽制する。
すると明らかに動揺して半歩下がる役人達。
こんな狭い建物の中にたくさんの人数でいっせいに入り込むとか実践慣れしてないなと思いきや、やっぱりだ。腰がひけてる。おそらくは初陣の奴等ばかりなのだろう。
これが新撰組とか見廻組ならやばかった。
このままハッタリで逃げられるかもしれん。
最新式の銃というのは嘘ではない。高杉の奴はいいものをくれた。
だが、これは六連発の拳銃。十人以上敵がいる中で残り五発。弾を撃ちつくしたら刀で戦うしかないし、なんとかハッタリが効いている内に逃げ出さなければ。
俺は銃を周囲に向けて牽制しつつ一歩ずつ前に出る。部屋を出て階段を下りないと。
三吉も槍を短く構えていつでも戦えるように構えながら俺についていく。
部屋の襖から出ようかというときに焦れた奴が一人飛び掛ってきた。
「甘いでござる」
俺が銃を撃つまでも無く三吉が槍で刀をはじいた。
護衛だけあって実力は確かなようだ。
その三吉の動きに役人達が動揺して浮き足立っている。このチャンスを逃さない俺ではない。
隙をついてすばやく役人達の親玉を捕らえる。こいつは伏見奉行所の偉い人だろう。多分。
「動いたら撃つぜよ!」
こめかみに銃を突きつけて俺は叫ぶ。
人質を取られて動けなくなる役人達。
俺と三吉は警戒しながら階段を下りた。
宿の入り口にたどり着く。
寺田屋の中にも外にも役人がたくさんいた。俺を捕らえるためにどれだけ連れて来たんだよ。俺ってそんな重要人物かよ
寺田屋の外に出た途端、前方から斬りかかって来る奴がいた。
どうやら上役の役人ごと俺を切り殺すつもりらしい。
ちっ、こいつ人望ねぇな。
俺はそう思いつつ銃を襲い掛かってくる男に向けて発砲した。
弾はそいつの肩に当たる。だが、少しふらつきはしたが刀を俺に向かって振り下ろした。
ザクリと嫌な感触がした。
銃を持つ右手が熱い。血が手からあふれ出る。
俺が人質にしていた男は腰を抜かしながらも這って逃げ出した。斬りかかって来た男は三吉がトドメを刺す。
人質がいなくなり、ケガも負って大ピンチ。
俺は痛みと混乱で銃を乱射した。
パン、パン、パンと乾いた音が鳴り、寺田屋を取り込んでいた役人達はいっせいに地に伏せる。
ガチッ。弾切れだ。
「逃げるぜよ」
役人達が地に伏せいている間にと俺は勢いよく走り出した。
三吉もすぐ後を追いかける。役人らも俺達が逃げたを見ると立ち上がって追いかけてきた。
1分ほど走り道を曲がったところで三吉が立ち止まる。
「ここは拙者に任せて逃げるでござる」
俺はその声を聞きながら走る速度を緩めない。
すまんな。お前の犠牲は無駄にしない。
さらば三吉慎三、お前は俺の心の中で永遠に行き続けるだろう。
すっかり夜も更けた京の町を俺は隠れながら移動していた。
あれから1時間くらいたっただろうか。
斬られた手の出血が止まらずに頭がボーっとしてきた。
今、自分がどこにいるのかも分からない。どこに逃げればいいのかも。
もしかすると駄目かもしれない。
道の向こうに側に人影が見えた。数人の武士がこちらへと走ってくる。
伏見奉行所の連中かもしれない。だが、逃げようにも足が動かない。俺は懸命に走りだそうとしたが、足がもつれて倒れてしまった。
お、お龍…………。
せめて死ぬ前にもう一発………。
「坂本さんでごわす。薩摩藩邸にお連れしろ!」
やってきた侍は俺を担ぎ上げる。
そのまま俺は意識を失った。