第三十六話 俺はヒモになる
歴史MEMO
元治元年六月 池田屋事件
元治元年七月 禁門の変
池田屋の事件で俺はなんかいろいろとあきらめた。
自分に出来ることと出来ないことがある。長州の運命やら武市の運命やらを俺がどうにか出来るものじゃない。俺は俺のやることをやればいい。ということで、ひたすら勝先生の元での海軍修行に励む日々を送ることにした。
心境の変化はそれだけではない。いろいろと悩んでた女関係もなるようになるさとお龍と祝言をあげることにした。後で問題になったらそれはその時だ。
その時に世話になったのが寺田屋の女将のお登勢さんだ。お龍の後見人になって世話をしてくれている。そういや長次郎も結婚したし、海軍操練所はおめでたいこと続きだ。
という浮かれ気分もあっという間だった。
難問がいろいろと転がり込む。
1つ目は土佐藩からの帰国命令を無視してたら脱藩浪人の身分になったこと。これでいろいろ動きにくくなった。京都とか新撰組が怖くてあるけねー。
2つ目は禁門の変。長州が暴走して京都で蜂起して完全に朝敵になっちまいやがった。久坂も死んじゃったし気が滅入る。
まあ、そんなこんなでもやることはいっぱいある。
横井小楠とか西郷吉之助とかに会ったのもこの頃だな。
いろいろと面白い奴らだったぜ。
そんなこんなで忙しく動き回ってたのだが、それも唐突に終わる。
神戸海軍操練所廃止。
勝先生は江戸で謹慎になった。
さて、勝先生の後ろ盾がなくなった俺らはいわゆる不逞浪士。沢村とか陸奥とかと今後どうするか考え中である。一応、勝先生が西郷に話を通していたのだが、薩摩の世話になるのが嫌だという意見があり話がまとまらない。
俺はなんというか人生なるようになるさと半分自棄の達観したような気分になった。
若い頃にニート生活を送っていた俺は今はお龍の元でヒモ生活を送っている。なんだか居心地が良い。これが俺の生きる道か。
「龍馬さんはホンマに駄目人間どすなぁ」
お龍はニコニコしながら言う。どうやらお龍は駄目人間が好きなようだ。それもまた良し。
1.2ヶ月ほど寺田屋でヒモ生活をだらだら送っていると沢村たちがやってきた。
「坂本さん、薩摩に行きましょう」
「薩摩は嫌なんじゃなかったんか」
「京都、大阪は幕府の犬どもが多くて危険ぜよ。それにもう金も食うものもないぜよ。背に腹は変えられん!」
沢村とか薄汚れて浮浪者みたいだもんな。
みんなヒモになればいいのに。
とは口に出せないが。
「それなら西郷に会ってくるか」
俺は薩摩藩邸に向かった。
「お久しぶりでごあす。坂本さん」
おおらかそうな笑顔で西郷が出迎える。
この笑顔がくせものなんだよな。薩摩で最強の軍人で陰謀家で政治家。人がいいだけのおっちゃんではない。
「いやぁ、久しぶりじゃのぉ。勝先生から話を聞いてると思うけれど、船乗りを何人か薩摩で雇っていただきたい」
俺も表面だけの笑顔で話しかける。
「海軍塾の塾生たちが薩摩を手伝ってくれるなら頼もしか」
「いやいや、ありがたいぜよ」
白々しい会話を重ねて話はまとまった。
まあ、これからどうなるか分からんがとりあえず食い扶持は見つかった。
ヒモよりマシか。