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第二十九話 俺は勝海舟に弟子入りする

歴史MEMO

文久二年十二月 英国公使館焼き討ち事件。

「この分からず屋の唐変木が一昨日きやがれ!」

「大奸物が切り捨ててやるぜよ!」

 俺は刀に手をかけて勝を睨む。

 なぜこんなことになったかというと・・・。


 俺は勤皇党の門田(かどた)為之助ためのすけ、近藤長次郎を連れて勝鱗太郎の屋敷を訪ねた。勝は幕府の偉い人とは思えないほど気さくで破天荒であり、咸臨丸でアメリカへ行った時の話とか世界情勢の話などを面白おかしく語ってくれた。

 俺も気分よく小龍先生から聞いた話をしたり、貿易と商売について語っていたりしていて大いに盛り上がった。幕府の役人ということを置いておくと俺と考えが非常に近いので、かなり勝のことが気にいりつつあった。ところが話が攘夷のことになったあたりでおかしくなった。

「攘夷、攘夷とか言ってる侍は馬鹿の集まりよ。アメリカにしろイギリス・フランスにしろ国力が違いすぎる。攘夷志士とかいう奴らは現実が見えておらん」

「ですが、勝さま、貿易によって異国は日本の冨を吸い上げて、日本を侵略しようとしてるぜよ。あいつらを止める為にに海軍を作って、いずれ攘夷を行うのでは?」

「違う違う、海軍は長州のやつらを懲らしめるためだ。桂とか久坂とか日本の癌だぜ、ありゃあ。そういえば土佐にも武市半平太とかいう分からず屋がいるな」

 武市を貶されてカチンと来た。

「皆、日本の為に立ち上がってるぜよ! 物価は上がり治安は悪化し日本は風前の灯火ぜよ! 幕府を正し異国の侵略を防ぐ攘夷ぜよ!」

「幕府は貿易で儲かってんだよ。長州も薩摩も土佐も幕府の儲けを掠め取ろうとしてるだけだ。桂や武市はその手先だな。治安だって長州の奴らが天誅と称して人を斬りまくってるせいだ」

「下級武士や百姓は生きるか死ぬかの生活を送ってるぜよ! 幕府だけ儲かってても何にもならんぜよ!」

 そう、幕府だけが潤って西洋の言いなりになり、諸藩や庶民を苦しめている。本音としては倒幕だからそれを幕臣の勝に言うわけにもいかず言葉を選びつつも批判する。

「幕府が潤えば全部上手く行くんだよ。長州も薩摩も土佐も今にこの勝が攻め滅ぼしてやる」

「それでは日本は滅びるぜよ!」

「この分からず屋の唐変木が一昨日きやがれ!」

「大奸物が切り捨ててやるぜよ!」

 俺は刀に手をかけて勝を睨む。

 その俺を慌てて羽交い絞めにして止める為之助と長次郎。

「じゃあ、聞くが攘夷、攘夷ってどうやって異人を追い出す気だ。奴らは日本から手を引く気はないぜ」

「国を閉じる必要はないぜよ。日本を舐めて不利な貿易を押し付けている異人どもに痛い目を合わせて奴らに日本が他のアジアの国と違うことを思い知らせてやるぜよ!」

「その為の海軍かい。いっとくが、今の日本の海軍は欧米諸国と比べると屁みたいなもんだ。海軍奉行並のおいらが一番良く知ってる」

「幕府が得ている貿易の利益を使って、蒸気船を買い、異国に負けない海軍を早急に作らないといかん。敵は長州ではなく異国ぜよ。幕府はそれを自分の私腹を肥やすためにだけ使ってるだけ、まっこと幕府は能無し揃いぜよ!」

 俺はなおも幕府を批判する言葉を紡ぐ。完全に頭に血が上っていた。

 幕臣の勝に言うにはかなり危険なことをいろいろ言った気がする。

 俺がまくしたてて一息ついた時、勝はニヤリと笑った。

 ん? 違和感。さっきまで二人で怒鳴りあってたのに、今は俺だけが怒ってる。

「いやあ、面白いなぁ。なかなかいい意見が聞けた。やはり怒らせると本音が聞けるもんだねぇ」

 な、なんだと!

「気に入ったよ、龍馬。実は俺もてめえと同じ考えでさ。幕府の役人どもの馬鹿さに腹立ててんだよ」

 えー!

 ど、どういうことだ。

「わざと怒らせたって言うのか!? 俺に斬られるとか思わなかったのか?」

「前もって門田に話を通して止めて貰う様に頼んでたからな。勤王党の門田が武市を侮辱されて平気だったのがおかしいと思わなかったのかい」

 ぜ、全部仕組まれたドッキリだよ。

 なんだよこれ。なんだよ勝鱗太郎。

 腹が立つとかムカつくとかいう感情が出る前にパニックだよ。

「悪かったな。龍馬」

 謝罪、軽。 

「おわびにいい所に連れて行ってやる」


「すげぇぇ!」

 俺は生まれて初めて蒸気船の上に立っていた。

 軍艦奉行並の勝が咸臨丸に乗せてくれたのだ。江戸湾に停泊している咸臨丸(かんりんまる)の船上では日本人の水夫たちが作業している。

 俺は蒸気船の内部を間近で見れて大興奮。小龍先生のところで学んで以来、いや、浦賀で黒船を見て以来、俺は蒸気船に魅せられていたのかもしれない。

「凄いぜよ。凄いぜよ」

 大興奮の俺。いっしょに来た長次郎ははしゃぐ俺に若干引いてるようだ。

「その訛りは土佐弁か」

 船尾の方から侍が近づいてきた。土佐の侍のようだが、知らない奴だ。

「こいつは土佐の坂本龍馬です。万次郎どのとご同輩ですな」

「そうかい。ワシは土佐藩の中浜村出身の中浜万次郎じゃ、通称ジョン万次郎いうきに」

 ま、万次郎! あのジョン万次郎!

 うわー、実在したんだ。生きてたんだ。すげー。

 蒸気船も凄いし、ジョン万次郎にも会えたし、さいこー。

「まるで子供みたいだな。龍馬」

 勝が笑う。

 うっさい、楽しいものは楽しいんじゃ。喜んで何が悪い。

 攘夷とかどうでもいいから、この船で商売とかしたいぜー。

 まあ、そんなこと言ってられる時勢じゃないけどな。

「なあ、龍馬。今の海軍はこの蒸気船一隻しかねぇ。これだけじゃ異国の圧力は跳ね返せねえ。幕府は何も分かっちゃいねぇ。だけど、海軍は作らないといかん。幕府のための海軍じゃなくて日本のための海軍だ。その為にはおめえみてえな侍が必要なんだよ」

 勝が静かに語りかける。

「どうか俺の弟子になっちゃくれないだろうか」

 手を俺の前に差し出した。

 俺はその手を握る。西洋流の挨拶、シェイクハンドだ。

「これからお願いします。勝先生」

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