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第二十八話 俺は高杉晋作と松平春嶽に会う

 江戸についた。四年ぶりの江戸である。まずは情報収集だ。

「小千葉道場の佐那さまはどうしてますかの?」

 下調べ無しにいけるか!

 もし、結婚してたりしたら気まず過ぎるだろうが!

 未だ独身で剣術に邁進していると聞き、俺は小千葉道場に向かった。


 小千葉道場の雰囲気は以前と違い雑然としていた。剣術を極める道場と言うより攘夷志士の溜まり場のようになっている。時代、というのもあるだろうが、定吉先生に続いて重太郎も鳥取藩に仕官が決まった為、道場での指導が行き届かないようだ。佐那は道場で稽古を続けているが、重太郎がいない時は現在の塾頭に仕切りを任せているという。

「お帰りなさいませ」

 佐那が出迎える。

 待ってくれていたようでホッとする。四年だもんな。少し諦めてたし。

 なんというか、実家より心休まるわ。千葉家。

「龍さん、脱藩とは思い切ったことをしたなぁ」

 重太郎が言う。

「土佐にいては思い切ったことが出来ないやき」

「近頃は薩摩や長州や土佐が攘夷の機運をあげているからな。攘夷もいよいよか」

 ノンポリの重太郎も攘夷発言。時代だなぁ。

「それで、龍さんはこれからどうするんだい?」

「江戸でしばらく同志と話し合ったりして、今後の方針を決めようと思っちょる。予想より早く攘夷が動きそうだしな」

 朝廷の権威を取り込み公武合体を推し進める幕府は将軍家茂と皇女和宮との婚姻を行った。その際に朝廷に攘夷を約束したのだ。朝廷は攘夷決行を催促する使いを度々寄こし、更に将軍を京都に呼んで攘夷決行の言質を取ろうとしている。

 これは勤王派志士たちの働きが大きい。特に長州の久坂と土佐の武市絵を描いていると言われている。

 時代の風向きは完全に尊王攘夷だ。幕府は追い込まれつつある。

「それではしばらく江戸に滞在なさるのですね」

 嬉しそうに佐那が言う。

 俺も嬉しいぞ。

 こうして俺は千葉家の居候という立場で江戸での活動を開始した。


 俺がまず江戸で向かったのは土佐藩邸だ。本来、脱藩浪人である俺が行くのはまずいのだろうが、勤王党が土佐で力を持ち始めたせいもあり、咎められることはない。土佐出国前に紹介された間崎哲馬に面会する。

 そこで俺は意外な人物を目にする。

「八百屋長兵衛!」

「誰が八百長の語源ですか! 饅頭屋長次郎です」

 そうそう、饅頭屋長次郎だ。小龍先生ところで一緒に勉強してた町人。なんでか侍の姿だけれども。

「江戸に勉学に来て、その際に江戸勤めの土佐の勤皇志士たちの小間使いのようなことをしていたら、いつの間にか私も勤皇志士になりまして。今は近藤長次郎と名乗ってます」

「なんだ、偽侍か」

「立場的には脱藩浪人と同じですね」

 ハハハハハ。

 俺と長次郎は乾いた愛想笑いをお互いに浮かべる。

 こいつ生意気になりやがって。


 長次郎の案内で間崎哲馬に会うと、間崎はまずは俺の旅の様子を詳細に聞いてきた。武市に報告するのだろう。面白おかしく講談風に話していると少し嫌な顔をされた。無味乾燥なレポートよりいいじゃないか。

 それから間崎は俺と長次郎をいろいろな人物に引き合わせた。攘夷志士とはちょっとは交流のある俺だが、間崎の人脈は幕府の役人にまで及んでおり、多種多様だ。いろいろな視点が観察できて参考になる。

 そんな折に変った人物を紹介される。


「長州藩の高杉晋作です」

 痩せこけてキツネ目の男がそういう言った。

 探りを入れつつ会話してみたが、どうやら単純攘夷馬鹿らしい。こういうのは適当に乗せておくに限る。

「幕府も朝廷に押されて攘夷をやるしかないぜよ」

「そうさなぁ。その時には我ら長州が攘夷の先駆けとなるかな」

 単純な奴だだなぁ。

「攘夷は無理かと思うか? 目がそう言ってるぞ」

 高杉はニヤリと笑う。

 少し面白くなさそうな顔をしていただろうか。見透かしたようなことを言う。

 嫌な奴だ。

「確かに西洋人どもの科学力は凄いし軍隊も強い。だが、奴らにも簡単に戦は出来ない理由がある。俺は上海に行った時にそういうことを学んだ」

 何ィ。上海だと。海外通の俺でさえ外国行ったことないのに単純攘夷バカのこいつが海外渡航経験者なんて! 俺も外国行きたい!

「とにかく西洋人に日本人の怖さを教えてやることが肝要さ。奴らに勝つ必要は無い、負けなければいいだけなら戦いようはいくらでもある」

 ああ、いいなー、上海。

 じゃなくて、こいつは過激だな。

「しかし、異人どもが本気で戦を仕掛けてきたらどうするぜよ。清国はそれで負けたやき」

「それは久坂や桂さんが考えることだ。俺は暴れるの担当」

「危ういな」

「だが、それが面白い」

 心底楽しそうに高杉は笑った。


 俺が勝鱗太郎(りんたろう)に興味を持ったのはこの頃だ。

 興味を持ったのは二つ理由がある。勝がアメリカに行ったことがあるということと、軍艦奉行並という役職についていることだ。

 小龍先生の影響で外国文化に興味がある俺は単純に話を聞きたかった。それと軍船に興味がある俺にとって勝の仕事は非常に興味深い。

 俺はダメ元で間崎に聞いてみた。

「軍艦奉行並の勝鱗太郎ちゅう人に会ってみたいがぜよ。紹介出来ないか」

「勝には直接の人脈は無いな」

 幕府役人に顔が広い間崎でも無理か。

「でも、幕府の政治総裁の松平(まつだいら)春嶽(しゅんがく)公に会えそうだから、その時に頼んでみたらどうぜよ」

 ハァ?

 松平春嶽?

 元越前藩主の?

「脱藩浪人が大名に会えるわけがないぜよ!」

「春嶽公は広く人物に会うのが趣味みたいな人ぜよ。お前と長次郎と俺とで面会申し込んだら大丈夫そうじゃった」

 いやいやいやいや。

 土佐で家老とかにも会ったことないのに、いきなり大名とか。無理無理無理。


 松平春嶽に会うことになった。

 建前として大阪湾の防衛について意見を述べるということだ。ああ、緊張する。

 長次郎は完全に固まって石になってる。まあ、饅頭屋が大名に拝謁ってありえなさ過ぎて大パニックだろうな。

 それにしても開明的な大名とは噂に聞いていたが、変人過ぎる。

 俺たち三人が控えている間の隣の部屋に春嶽公が到着する。遠いがそんなもんだ。

 いろいろと形式ばった挨拶をした後で、俺は建白書を読み上げる。

 これが結構好評で、気に入られて勝への紹介状を貰った。

 長次郎とか浮かれすぎだ。

「素晴らしい方ですね。さすが春嶽公!」

 心酔しすぎた。確かに頭がよく公正な人物だろうが、表裏が無さ過ぎる。足元を掬われて失脚するタイプだな。

 とにかく勝への紹介状を貰えたのは良かった。

 幕府海軍の様子とかをスパイ出来れば今後の役に立つだろう。

 この時はそんなことを思っていた。


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