第二十六話 俺は脱藩す
歴史MEMO
文久二年一月 坂下門外の変。
文久二年二月 将軍家茂と和宮が結婚。
俺の脱藩計画は武市の協力を得て順調に進んでいた。既に脱藩した沢村や、勤王党の那須が脱藩の際の案内役になってくれるようだ。武市は脱藩後の俺に勤王党を外部から支える役をやってもらいたいようだ。なんか土佐から追い出したいのかと思うくらい協力的。
しかし、権平兄貴に計画がばれたようで、刀を隠されて脱藩しないように釘をさされた。
確かに家族に迷惑はかかるけど、そんな重い罰は受けないはずだし、いいやないかー。
脱藩なんて流行だぜ。流行。
仕方がないので刀は旅の途中で仕入れることにしよう。
ヘソクリを持って深夜に家を出る。
いよいよ脱藩だ!
家の外に出たときにスッと白い影が見えた。
ゆ、幽霊!?
なんだ、こんなときに。これは何の啓示ですか。脱藩辞めろとの親父や母ちゃんの霊ですか!?
「龍馬、お出かけか」
その声は・・・え、栄姉ちゃん!
寝てないと駄目じゃないか。かなり体調悪いのに。
「龍馬がお出かけするから、これを渡そうと思うてね」
栄姉ちゃんの手にあるのは一本の刀。
「これは、坂本家に伝わる名刀陸奥守吉行!」
「頑張ってきいや」
栄姉ちゃんは病気で体だけでなく心も壊して、記憶があやふやなはずである。俺が脱藩することとか理解してるはずもない。それなのになんで。それにどうして今。
「なんでやろうか。龍馬にこの刀を今渡さないといけん気がしてのお」
虫の知らせみたいなものだろうか。月明かりに照らされる儚げな栄姉ちゃんの姿を見てそう思った。
「あいかわらず、泣き虫龍馬やね。旅先でも泣かされたらあかんよ」
な、泣いてないわ。少し目が潤んでるだけじゃ。
今日、脱藩すれば病気の栄姉ちゃんとは確実に最期の別れとなる。権平兄貴や乙女姉ちゃんとも今生の別れになるかもしれない。今更ながらにそのことを思い少し感傷に浸る。
「そ、それじゃあ、俺は行くからな。栄姉ちゃんも無理せずに休むぜよ」
俺は涙をみせないように背を向けるとそのまま沢村の待つ山道の方へと歩き出す。
その後、栄姉ちゃんは体調を崩して俺の脱藩直後に亡くなったと聞いた。心を壊して家に隔離された生活をしていたこともあり、坂本家の密葬で人知れず葬られた。
俺は陸奥守吉行を握り締め山道を歩いていく。
俺は沢村の案内で夜の山道を抜けて、翌日は那須の家で一泊した。翌日に那須の手引きで土佐の国境を超え、脱藩を果たす。
沢村は京都に行くという。
「薩摩の久光公が倒幕の挙兵を計画しているぜよ。俺らは薩摩兵に加わって幕府を倒して攘夷を実行するぜよ」
勇ましいこって。しかし、薩摩が挙兵とは本当だろうか。本当なら長州が動くはずだが、久坂はそんなこと言ってなかったしな。誤報だろ、多分。
「俺は下関に行くきに」
沢村とは四国を出た頃に別れた。
「始めまして、土佐脱藩浪人の坂本龍馬と申します」
俺は挨拶する。下関にやってきたのはこの男に会うためだった。
下関の廻船問屋、豪商の白石正一郎だ。白石は攘夷志士たちに密かな援助をしている商人である。
攘夷家で商人。俺の今後の指針のためにも会っておかなくてはな。
「土佐を脱藩してきたそうで。私はあなた方のような志士を応援しているのです」
白石の話によると幕府は対外貿易でかなりの利益を出しているそうだ。だが、その利益を他藩にも商人にも分配せずに、儲けが出ている大商人を見るとつぶしにかかるという。そのような幕府に見切りをつけて、長州藩を中心とする倒幕攘夷派の援助をしている。
「幕府が今貿易で得ている利益を攘夷のために使えば、日本の国防はすぐになります。幕府の役人は自らがいい暮らしをすることしか考えておりません」
「しかし、攘夷というて異国を閉ざしたら廻船問屋の白石殿の商売も苦しいでしょう」
「以前のように長崎だけですればよいのです。利益を幕府独占にせずに日本全体で富を分かち合うのが私の理想です」
筋が通っている。だけど、長崎だけで貿易とかなると長崎に顔が利く商人が利益独占することになるけどな。白石のとことか。なんだかんだで抜け目ない。
「凄いぜよ。白石殿! 感銘を受け申した。その話を受けて俺は儲け話を考えてきたぜよ」
「も、儲け話でございますか? 侍のあなた様が・・・」
少し驚いているようだ。まあ、脱藩浪士が儲け話とか胡散臭いにもほどがあるが。
「俺は侍による廻船問屋をやりたいのぜよ。その廻船問屋は普段は貿易で利益を出す。その金で船や武器を買いそろえる。そして有事には武装して戦をする。武装商船じゃ」
白石は目を丸くする。
「俺はこう見えて土佐の才谷屋と下田屋とも縁があるぜよ。起業の時は皆から少しずつ金を集めて作る。カンパニーというやつじゃ。ただ・・・まだこの計画は俺の頭の中だけでな」
俺はニヤリと笑う。
「まずは諸国遊学して同志を集めるぜよ。そのための資金を先行投資していただきたい」
俺は白石から三十両の金を引き出して、脱藩後最初の旅として九州へと出立した。