第二十四話 俺は岩崎弥太郎と後藤象二郎に目をつけられる
毎日のように勤王党の仲間を十人くらいを引き連れて飲み歩くのは辞めた。小遣いが足らない。何人かのお気に入り数名と三日に一度のペースにする。
近頃のお気に入りは中岡慎太郎だ。こいつは熱心な攘夷家だが、かなりのリアリストである。俺の商業で攘夷にも理解をしめしてくれたり。他には沢村惣之丞とかも面白い。勘が良く口も上手い。
この辺りと連れ立っているが、以蔵がなぜか毎回のようについてくる。呼んでないのに。本人が言うには用心棒だそうだ。
ほう、俺の方が強いと思うが白黒つけちゃろうか。
なんかガキの頃は以蔵に懐かれてたら仔犬みたいで可愛かったけど、今はなんか番犬ブルドックみたいで怖いんだよ。お前がいると刺客も寄らないが女も怖がって逃げるんだよ!
「あ、龍馬いた。ちょうど良かった飯でも食いながら・・・」
げ、亀弥太の野郎だ。
「今食ったばかりだまたな」
逃げる。
「ちょっ、待て、龍馬」
「待たない」
逃げる。
なんか土佐勤王党はこんな感じでやらせてもらってます。
ある日、下田屋に商売の勉強に行こうとすると後を付けられているのに気づいた。小汚い男であった。
俺は尾行を撒くふりをして、物陰に隠れると、慌てて追ってきたその小汚い男を捕まえた。
「おい、なんで俺を付回している」
ドスの聞いた声を出して脅してみる。
男は情けない声を出す。
「いえ、付回してないですよ。たまたまですきに。坂本さん」
「名前知ってるやないか。何者だ」
首根っこを捕まえたまま。
男は観念したように言う。
「下横目の岩崎弥太郎ですきに」
下横目?
下横目とは探索や調査、監視をする職である。簡単に言えば今の警察とか公安。
なんで俺が?
詳しく話を聞いてみると、勤王党で中心人物の俺が藩の貿易を請け負っている廻船問屋の下田屋に出入りしているのが怪しまれているそうだ。今、藩の貿易を取り仕切っているのは勤王党の政敵である吉田東洋である。
俺が吉田東洋を狙っているとか勘違いされてたのか。
「井口村の事件の時にあれだけ暴れといて誤解もなんもないぜよ」
俺が下手に弁明するとすぐ調子に乗ってきやがった。ムカつく役人だな。
「俺は下田屋に商売学びに来てるぜよ。実家が才谷屋の分家やき」
それに弥太郎が顔をしかめる。
「金持ちのボンボンが道楽で攘夷かよ。つまらんのお」
やけにふてぶてしい。
「ワシがお前なら攘夷なんつう馬鹿なことあやらんで商売で資産を数倍にしとるが」
大言壮語が酷すぎる。
ここまで調子に乗って吠えまくられると、呆れて果てて逆に気に入った。
「なら、証明して見せや」
少しイタズラ心もあり、俺は弥太郎を引っ張って下田屋の番頭のところに連れて行く。商売の話に巻き込んで恥をかかせてやろうと思ったのだが、意外にも弥太郎の商売に関する知識と発想は高度で俺は舌を巻いた。
貧乏な地下浪人出の弥太郎は子供の頃から学問の才に秀でていたが、ある時、逮捕され牢屋の中で詐欺師から商売を学んだらしい。出所後に吉田東洋に学問と商業の才を見込まれ下横目に抜擢され非公式ながら土佐藩の貿易事業にもかかわっていた。
とはいえ、藩の公式事業などは市井の商売人と比べると若干ヌルイ。
弥太郎は下田屋の番頭から現実的な商売の技を盗もうとしている。なんか俺の方が置いてけぼりだ。
「のう弥太郎、お前、土佐勤王党に入らんか。俺と一緒に商売で攘夷するぜよ」
「吉田様に恩のあるワシにふざけたこと言うなや!」
と、俺と弥太郎が意気投合?してしまった翌日、俺はなぜか上士と団子屋にいた。
目の前の上士は俺のことが目に入ってないかのように黙々と団子を食べて茶を飲んでいる。俺はこいつに呼び出されたというのに。
茶を飲んで一息ついてからようやく俺の方を見て口を開いた。
「で、お前が坂本龍馬か。弥太郎を丸め込んだらしいの」
上士Bが尊大そうに言う。
まあ、名乗られたので名前で呼んでやろう。後藤象二郎である。
「どうも、変なやつらしいの。商売が好きな志士だとか・・・」
少し気だるそうでやる気がなさそうだが、目つきが妙に鋭い。どうも食えなさそうな男である。
「どうだ。坂本。吉田様に仕えんか?」
ハァ?
吉田東洋といえば武市が対立している敵、土佐勤王党の政敵じゃないか。
「この時勢の中で強い土佐藩を作るには貿易しかなかろう。吉田様は藩の特産物を増産して貿易を強化、ゆくゆくは異国との直接貿易も考えておられる。
今のままでは日本は外国になめられたままじゃ。強い日本を作るには地方からじゃ。まずは強い藩を作る。土佐藩は貿易で強くなるかじゃ。
・・・というのが吉田様の意見での。俺は受け売りじゃ。良く分からんわ。
ああ、弥太郎なら詳しいかもしれんな。あいつに聞け。俺はお前を誘いに来ただけじゃ」
やる気があるのか無いのか、投げやりな感じで問いかける。
「で、どうする?」
「もちろん、お断りいたします」
即!断!
受けるわけねーだろ。
狙いは明白、土佐勤王党の分断工作。
「ま、そうだろうな。しょせんは攘夷志士。吉田様の話は分からんか」
「強い国を作るには強い藩より強い民が必要ですきに」
少しカチンと来て反論する。その俺の言葉に後藤が目を細める。
おっ、初めて表情っぽいのが出たぞ。
「俺はただの使いでね。議論する気はないよ。ああ、めんどくさかった」
後藤は欠伸をするとさっと席をたって帰っていった。
ホントに分からない奴だ。
無能な奴が弥太郎の上役を勤め上げて、吉田東洋に可愛がられてるわけがない。
どこがつかみ所の無い末恐ろしさを感じる。
それに吉田東洋・・・魅力的な提案だった。間違いなく頭の切れる有能な男だろう。
俺たちの敵はどうやらかなり手強そうである。
秋風が吹いた。
寒気がしたのは冬が近づいて来たからだけではなさそうだ。