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第二十二話 俺はイライラを募らせ上士に戦を仕掛ける

歴史MEMO

安政七年一月 勝海舟、咸臨丸でアメリカに向けて出航。

安政七年三月 桜田門外の変。


 安政六年は特に何事も無く過ぎた。俺は焦れていた。

 安政七年三月三日、井伊直弼が暗殺された。世に言う桜田門外の変である。

 井伊は独断で不平等な通商条約を結んだ上に、攘夷派開国派関係なく、自分の派閥以外の奴を弾圧しまくったということで、暗殺されても致し方がないと思う。井伊が暗殺されたことで各国の志士が盛り上がり、幕府なにするものぞ攘夷運動が盛り上がった。

 土佐でも同様である。

 俺も武市道場の面々、中岡慎太郎や望月慎平らと攘夷を語り会い、望月亀弥太や池田寅之進と飲み歩く日々を送っていた。

 元号は万延に変わって、幕府は公武合体政策を進める。

 朝廷と縁を結び尊皇攘夷派の勢いを削ぐ作戦だろう。

 と、政局はいろいろ変るのだが、生活はより悪くなる一方である。金銀の交換比率のミスに対応しようとした幕府は小判の質を落とした。小判の価値を三分の一にしたのである。それによって金の海外流出は収まったが、当然のようにインフレが起こる。庶民の暮らしはますます悪くなる。

 

 あれよあれよという間に安政七年(途中から万延元年)は終わった。

 そして万延二年、年明けてすぐに改号して文久元年。

 年号変わりすぎじゃ、うぎゃー!

 ああ、なんかイライラして切れてきた。ややこしいんじゃぁ!

 俺が焦れて鬱憤を溜め込んでいた文久元年三月、あの事件が起こった。

 

 その報を聞いた俺はすぐに寅之進の家に駆けつけた。

 寅之進は青白い顔で放心状態のまま座り込んでいる。

 昨日の晩のことである。

 上士の山田と益永が祝いの席の帰りに郷士の中平忠次郎と肩がぶつかった。これがケンカの元。酔っていた山田は激怒して刀を抜いて忠次郎を切り殺した。

 忠次郎と一緒にいた宇賀喜久馬(きくま)はその場を逃げ出して、忠次郎の兄の池田寅之進に知らせた。寅之進は現場に急行し、山田と益永の二人を切り殺した。

 そして今、寅之進の家に十人を超える下士が集合してことの成り行きを見守っている。

「寅之進は立派に仇討ちを果たしたぜよ。武士の本懐ぜよ」

 寅之進の家で雄たけびを上げる仲間たち。皆が武市道場の一員だ。

「龍馬、寅之進がやったぜよ!」

 目に涙を浮かべながら歓喜の声を上げているのは亀弥太だ。上士に対するいろんな不満があるんだろう。それに単純な奴だしな。仇討ち話にすっかり入り込んでる。

「ああ、でも少しまずいことになる」

 俺はつぶやく。

 俺の言葉に場が静まりかえり、皆俺の方を見る。

 みんな薄々感じているのだ。仇討ちといえど上士二人を殺した寅之進は切腹するしかない。考えないようにテンションを上げていたが、年長である俺の台詞に現実に戻されるのを待っている。

「寅之進、死ぬなや」

 うつむいていた寅之進が驚いたように顔を上げる。

「上士どもとケンカするぜよ」

 俺の言葉に場は静まり返る。そして再び大きな歓声が起こった。

 諦めていたのだろう。俺に止めらられると思ってたのだろう。だが、俺は皆を煽った。それにより皆は寅之進を救えると熱狂した。

 熱気が場を支配する。

 俺は俺で鬱憤がたまっていた。何かきっかけが欲しかった。異国に対する不満、幕府に対する不満、藩に対する不満、上士に対する不満。土佐に帰って二年足らず、何も行動が起こせない自分に対する不満。

 それを吐き出す機会をずっと待っていた。

 寅之進には悪いがこの状況を利用させてもらう。

 まあ、見てろよ。暴れてやる。

 

「おいこら、何煽ってるんだ、削ってばらまくぞ!」

 平井収二郎が寅之進の家にやってきた。

「あんた上士だろ。何しに来たんだ平井さん」

「上士の皆は山田の家に集まって、お前らと戦する気満々ぜよ。いい加減にしろや」

「寅之進は殺させんきに」

「お前はもう少し道理が分かる奴やと思っておったがの。今、上士と下士で争ったら土佐藩はおとりつぶしじゃ!」

 まあ、正論だな。正論すぎて詰まらん!

「上等ぜよ」

 俺の眼光が鋭く光る。

「上士が攻めて来るなら返り討ちにするだけやし、幕府が攻めてきたら返り討ちにするだけやきに。このまま俺たちは倒幕の兵になるぜよ!」

 倒幕、という言葉が志士たちの中で囁かれ出したのは井伊が暗殺されてからだ。弱体化した幕府を倒して攘夷を行うという話が出始めていた。ただし、それはまだ絵空事のようで公言するような話ではない。

「何ぶちきれとるんじゃ、龍馬。参政の吉田様は寅之進の切腹だけで事を収めると言うちょる。ケンカ両成敗じゃ仕方なかろ」

 必死の形相の収二郎。

 武市と平井は武市道場の勢力を背景に土佐藩の首脳陣に取り入っているようだ。

 今回の騒ぎがもつれると、今までの努力が無駄になるかもしれん。だから心配してるんだろうが、今はそんなこと考慮してられない。

「あんたはつきあわんでええ。俺らは寅之進助けるぜよ。さあ、帰ってくれ」

 収二郎を追い出す。

 俺は本気だった。

 ぶっちゃけ煮詰り過ぎて頭が沸騰していた。

 この戦が攘夷の先駆けになるのではないかと本気で思ってた。

 

 こうして、上士と下士たちの土佐藩を真っ二つに割る戦争が始まろうとしていた。

 

「龍馬、上士の奴らが来たぞ!」

 見張りの亀弥太が俺を呼ぶ。

 俺は庭に出る。遠巻きに三十人ほどの上士たちが集まっていたのが見えた。

 

「おんしら池田寅之進と宇賀喜久馬を出しやがれ」

 ざわめく。喜久馬もだと?

「2人を差し出せば皆殺しだけは許しちゃる」

 ふざけた言い分だな。おい。

 頭に血がのぼりながらも戦力を分析する。こちらは十五人、いや寅之進と喜久馬は戦力外だ。十三人対およそ三十人。まあ、俺と以蔵がいれば勝てるだろう。

「二人を渡すつもりは無い」

 俺は言い放つ。

 なおも交渉してくる上士の代表者。まあ、奴らは本気で戦になるとは思ってないだろう。こっちは本気だぜ。

 

 と、そこへ聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「少し待ってくれ!私がなんとかする」

 チッ。

 舌打ちする。武市だ。

 今出てこられたら困るんだよ。

 

「武市さん、あんたは引っ込んでてくれ」

 俺は殺気を放つ。

「落ち着け、龍馬。寅之進を武士として立派に死なせてやれ」

 武市が真剣な顔で俺を説得してくる。

「宇賀喜久馬もだぞ」

 糞上士Aが横槍を入れる。決めた。こいつは俺が最初に斬る。

 武市も言葉につまり糞上士Aに突き刺すような視線を送る。

「邪魔すると斬るぜよ。武市先生は政治家になったようですから、剣の腕はさぞ鈍ったことでしょう。今なら俺の方が上ぜよ」

 挑発するように言い刀の柄に手をかける。

 武市の視線が俺に戻る。

「本気か?」

 ハッタリだ。もちろん。

 刀を抜いたら武市の横の糞上士Aをまず殺す!

 武市は後の日本に必要な人材だ。生き残ってもらわないと。

 呼吸を整える。

 今だ!

 俺は刀を抜く。

 刀は抜けなかった。

 刀を抜こうとした途端に背後から羽交い絞めにされた。

 くそ、動けん。誰だ!? 以蔵か!

 俺を羽交い絞めにしてたのは以蔵だった。奴は細身なのに力がありやがる。

 武市と上士に対するハッタリのつもりだったのに、ハッタリが上手過ぎて、以蔵らもすっかり騙されて俺を止めようとしてやがる。

 くそ、この糞上士Aを斬らせろ!

 俺に倒幕の革命の先陣を切らせろ!

 ああ、武市が来たせいで計画丸つぶれだ。間が悪いな。このアゴが!

 

「龍馬! 武市さん! 大変じゃ寅之進が・・・」

 背後から悲壮な声。

「寅之進が・・・喜久馬を斬り殺して自害しおった。迷惑はかけられんと・・・」

 脱力した。

 これでもう終わりだ。

 俺は地面にへたり込んだ。

「龍馬・・・寅之進と喜久馬は残念じゃった」

 武市が俺を慰める。

 俺は武市の声に反応出来ない。茫然自失(ぼうぜんじしつ)

「ふん、まあこれで勘弁してやる。下士の癖に生意気だぞ」

 糞上士Aは踵を返して去っていく。その後姿を呆然と眺める。

 辺りでは寅之進と喜久馬の死を悲しみすすり泣く声が聞こえる。

 上士に対して完敗、これが土佐の現実か。

 急速に頭が冷えていくのを感じた。

 

 この事件の後、武市の頑張りにも係わらず、寅之進と喜久馬の家は取り潰しになった。死んだ上士の山田と益永の家は盛大な葬式を出して被害者扱いである。

 井口村(いぐちむら)刃傷(にんじょう)事件(じけん)、後にこう呼ばれる事件である。


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