第十九話 俺は琢磨を逃がし武市を見送る
賄賂を受け取った藩の重役は取り成しをはかったが失敗したそうだ。
俺の十七両~
失敗したなら返せよ、くそ上士!
「I DESPAIRED!」
絶望した!かよ。そんな英語読者読めんぞ。とりあえず黙れ、琢磨!
「残る手は・・・」
武市が眉間にしわを寄せる。
「まだ手があるのか」
俺は武市を問い詰める。
「脱藩」
武市は短くその単語を言い放った。
「琢磨を逃がして脱藩させる。それには金がいる。用意出来ないか、龍馬」
「さっきの十七両で素寒貧ぜよ。三日あればなんとかなるが、今は手持ちがない」
「しょっちゅう花街で遊んでると聞いたぞ」
「遊んでるから金がないんじゃ! 武市さんこそ酒も女もやらんから余裕があるのでは」
「女房からの小遣いせいじゃ。月の小遣いが決められておる」
ああ、こいつ役にたたねぇ。
他の奴から金集めるわけにもいかんし、どうするべきか。
考えろ、考えろ・・・。
「手はずを整えるのに最低五両、琢磨が逃げ延びるために十両はもたしてやりたい。賄賂作戦でなく最初から脱藩作戦でいくべきだったか」
武市も考え込んでいる。
よし。これでいくか。
「武市さん、皆を呼んでくだされ」
俺は土佐藩中屋敷にいる下士連中を集めてもらった。
「これから皆で土佐藩邸に琢磨の助命嘆願にいくぜよ」
武市が怪訝な顔で俺を見る、上士どもはそんな甘い奴らではない。そんなことは分かってる。
「嘆願に行くにあたり、武装解除して行こうと思う。刀はみな俺に預けるぜよ」
こうして、俺はみなの刀を預かり、武市が下士連中をまとめて上士どもを説得するために藩邸に向かった。
と、いうことで留守番中の俺は計画を実行する。
「やはり無駄であった」
夕方に戻ってきた武市は沈んだ顔で報告する。期限は明日である。もう時間がない。
「なあに、その間にこっちは準備できたぜよ」
俺は武市に三十両の金を渡した。
「これで琢磨を脱藩させるきに」
「こ、この金はどうした!」
「皆の刀を質屋に預けた」
「ハァ!」
間抜け顔で絶句する武市。
「三日もすれば金が入るから質屋から引き出して皆に返すぜよ。三日くらいなら適当にごまかしてなんとかなるさ、まあ、琢磨が消えれば気づく奴もいるかもしれんが証拠はないしとぼければいいぜよ」
俺の説明に武市は苦笑する。
「相変わらず大胆だな。まあ、琢磨の脱藩と後始末は私にまかせろ。なんとか全てうまくおさめちゃる」
武市はニヤリと笑う。
だから、その笑い方は悪役っぽいって。
「Thank You! Ryouma」
最後までそれかよ、うるさい、黙れ、消えろ、琢磨!
朝もやの中、武市が手配した逃がし屋に連れられて琢磨は脱藩した。
俺は翌日から金集めに奔走する。
琢磨の脱藩は藩の恥ということでもみ消された。俺や武市が手助けをしたのは明白だったが、追求され罪に問われることはなかった。それは武市の手腕によるものだろう。
しかし、この事件で改めて土佐藩と上士というものを考えさせられた。
日本全土で一体となって攘夷をなさないといかんというのに、土佐の中でもこれだけ対立している。幕府は独自で通商条約を結ぼうとし、幕府内部でも幕府と志士たちとも対立をしている。現実は日本は割れて互いに争い、皆で攘夷など望むべくもない。
安政四年秋、俺は揺れていた。
武市の土佐帰国が決まった。
「武市さん、お気をつけて」
「ああ、龍馬。お前も元気にしてろよ」
武市はそう言って、少し黙る。何かを考えて口を開いた。
「龍馬、お前はこれからどうするのだ?」
それは俺もわからん。
「土佐にはお前が必要ぜよ。いや、私に必要なのか。一緒に土佐の攘夷運動を盛り上げて欲しいと思っている」
まあ、それは分からないでもない。俺は馬鹿だが、攘夷志士っていうのは俺より馬鹿なやつらのスクツ、いや巣窟だ。俺でも攘夷家としてそこそこの位置にいる。馬鹿の方でも比較的マシな馬鹿だし、金もあるし人脈もあるし口がうまいからな。
正直なところ自分の活動で国を動かせるかもしれないことに魅力を感じる。男子一生の仕事だ。
だが、それは現実だろうか。幻想でしかないのではないか。
一向にまとまらない志士たち、互いに敵対する土佐藩の上士下士、独断で政治を横行する幕府首脳、こんな現実の中で理想通りに世の中が動かせるとは思えない。
だとすれば、一介の剣術師範として生きるのが賢い生き方なのではないか。
小千葉道場といえば名門中の名門である。
そこに婿入りして道場をささえるなど、勝ち組中の勝ち組だ。
「悪いが、武市さん、約束は出来ないぜよ・・・」
「そうか、すまんな龍馬」
武市はそう言って江戸を後にした。既に武市は土佐藩の攘夷の旗頭である。
日本全国の志士の中で有数の影響力を持った攘夷志士でもあった。
あいつはデカイことをする奴だ。俺とは違って。
見送った俺は自分に言い聞かせる。
剣術こそが俺の生きる道だと。