第十二話 俺は尊皇攘夷を得意げに語りニートとなる
「それで江戸の女はどうじゃった?」
開口一番聞かれたのはこれだった。
「さすがに江戸の商売女は土佐よりも凄いぜよ。江戸は男が少なくてああいう仕事が繁盛してるきに、競争も激しくてそりゃあサービスもとんでもないぜよ」
「吉原へは行ったんか!?」
「吉原など高いだけじゃ。もっと安くていろいろ出来る穴場が江戸にはたくさんあるきに。まあ、品はそんなに無いが、品よりもエロが大切じゃき」
「なるほどなるほど」
みんな食いつき良すぎ。
武市道場には望月清平、亀弥太兄弟、池田寅之進、吉村虎太郎、那須信吾ら・・・面倒くさい、以下略。
とにかくたくさんの暇人が集っていた。
「龍馬のことじゃから、素人娘にも手を出してたんじゃろ。どうやった?」
「・・・いや、土佐で懲りたから何もしてござらんでありんすよ」
「語尾が変だぞ龍馬」
「そんなことよりあれだ、黒船見たぜよ」
話題を変える。下手に突っ込まれて佐那の話題とかなったら大問題だ。
小千葉道場で師匠の娘を手篭めにして逃げてきたなど、坂本龍馬の悪名ここに極まる。これだけは絶対秘密!
「・・・」
あれ? 何か空気が変わった。
皆の後ろで困ったようにニコニコしながら話しを聞いていた武市の顔が心持ち厳しい。
さて、ここで現在の状況を説明する。
江戸から土佐に帰国した俺は家と藩と親戚に一通り挨拶した後で、武市の元を訪ねた。武市は俺が江戸に行っている間になんと自分の道場を開いたのだ。二十六歳の癖に道場主だ。言い忘れてたが、俺が江戸に行く前に結婚もしてる。どこからどうみても立派な大人。くそう、アゴの癖に。
ま、アゴ野郎こと武市半平太は俺が認めるキングオブいい奴なのであまり僻まないようにしよう。人間が小さくなる。手遅れとか気にしない。
その武市道場は俺の昔馴染みが大勢いて、彼らに江戸での土産話をしていたのだ。
昔馴染みといえば驚いたのだが、足軽の子である岡田以蔵も武市道場にいた。俺の舎弟なのに、俺の犬だったのに、今では武市に一番懐いてる! やっぱり悔しい!
「龍馬、武市道場では尊皇攘夷を掲げちょる」
武市が静かに言う。
ただの剣術道場ではなく、勉学思想も学び国の為に戦う志士を育てるところだと言うのだ。
「だから黒船については興味がある。江戸へ行った龍馬から何か情報がないかと期待してたのだが、直接黒船を見たのか?」
「ああ、長州の桂小五郎と一緒に・・・」
「桂だと!」
うぉ、びっくりした。武市さん、普段物静かなあんたが叫ぶと倍びっくりするじゃん。
「桂小五郎といえば、長州で尊王攘夷を唱える有名な志士だ。そんな有名人とも知り合いだったのか」
「えー、一応親友・・・かな? 後は吉田松陰とかいうのも会ったかな?」
「吉田松陰! 長州の生ける伝説というあの方に会ったのか!」
「(声聞いただけだけど)黒船密航の計画の話を聞いたかな・・・」
「な、なんだってー!! 龍馬、おんしはいつの間に尊皇攘夷の志士に、それも大物になっておったのじゃ!」
なんかいろいろ誤解されてるような。うーん。
少し嫌な汗を背中に感じながら武市から目をそらすと、他の道場生も俺をキラキラした目で見つめている。
やめろ、そんなキレイな目で俺を見るな!
「頼む龍馬! 俺たちに江戸で聞いた尊皇攘夷の話をしてくれないか」
武市の必死な頼みが断れずに講義することになった。
昔からいろいろ世話になってるし武市の言うことを無下に断れるわけがない。
とはいえ、うーん。
あんまり尊皇攘夷のこと知らないんだよー。桂との会合に何度が出たけど右から聞いて左に受け流してたんだよー。
なんか流れで俺は武市道場で講師のようなポジションになってしまった。
「異国は軍艦で幕府を脅して無理やり開国させたきに! 幕府は腰抜け揃いでびびって開国したぜよ。でも、帝は開国に反対していらっしゃるぜよ。帝のために異人を追い出すぜよ!」
うぉー!
武市道場が歓声で揺れる。
やべ、調子に乗って言い過ぎた。
全部、江戸で聞いて覚えてたことをなんとなくつなげただけなんだけれども。
「龍馬・・・お前はよくそこまで」
おい、武市は目に涙浮かべてるぞ。
どうしよう?
武市道場にたびたび呼ばれて尊皇攘夷に関する話をすることになったのだが、つまらない話をしても江戸帰りブランドのせいでありがたれて尊敬されて、なんか段々調子に乗ってきた。
亀弥太とか寅之進とか年下を舎弟のように引き連れて遊び歩いたりもして、気分がすこるぶるいい。
そもそも俺は剣術修行で江戸へ行ったわけで、江戸での剣術修業の成果を見せると、益々尊敬された。それについては凄い気分がいい。
しかし、江戸帰りの実力を見せるために武市と立ちあたったら普通に負けて皆に白い目で見られた時は冷や汗をかいた。武市以外の奴らをみんな叩きのめして尊敬を勝ち取ったけど、武市の奴はなんであんなに強いねん!
それと驚いたのが岡田以蔵。武市の教えを受けて剣術がさまになっていた。踏み込みの鋭さも健在でちょっとヤバかった。
こんな感じで江戸に戻った俺は日根野道場で剣術の練習をしたり、武市道場で攘夷の講義をしたりして、それなりに忙しい日々を送っていた。
最初の一月くらいは。
「龍馬はいつ来ても家におるなぁ」
乙女姉ちゃんの冷たい声。
「結婚した癖にたびたび実家に来るのもどうかと思うけど」
そうそう、乙女姉ちゃんは俺が江戸に行っている間に医者の家に嫁いでいたのだ。しかし、嫁ぎ先で折り合いが悪いらしく、よく家に帰ってくる。
「若い癖に自堕落な生活してたらいかんきに。無駄飯食らいが!」
「いや、姉ちゃんこと嫁の仕事やれ。この駄目嫁が!」
不毛な口ケンカが始まる。
ここのとろ五日に四日は家でボーっとしている。日根野道場や武市道場に行くのは残りくらいだ。
ああ、ニートさいこー。