第十一話 俺は佐那と結ばれ土佐に帰る
歴史MEMO
嘉永七年一月 ペリー浦賀に再来航。
嘉永七年三月 日米和親条約締結。
嘉永七年三月 吉田松陰、黒船密航未遂の末に自首して捕縛される。
「龍馬さま・・・」
彼女が俺の胸に顔をうずめ名前を呼んでいる。
キタ━━━━━━━━!
そうです。ついに来たんです。鬼小町千葉佐那子がついに私のものになったんです。
もう、これほどの興奮は初めてです。そもそも一人の女性を口説くのに一年がかりなんてモテ男の龍馬さんにしては破格の手間でしたよ。土佐の時にみたいに遊びまくってないし。江戸ではプロとしか遊んでないし。
「佐那さま、わしぁ、もう気持ちを抑えられん。佐那さまが好きでたまらんきに」
「はい・・・私も覚悟できています。龍馬さまを好いております」
あれだけ冷たかったのに、これですよこれ。
もう辛抱たまらんです!
ブラックアウト。
朝チュン。
場面転換。
嘉永七年三月、小千葉道場。
稽古の途中で休憩の為に面を外して汗をぬぐいながら少し黙考する。
江戸の町は日米和親条約が締結されことにより混乱し空気が沈んでいた。
桂に会った時に、吉田松陰とかいう俺は知らないどこかの人が黒船に密航未遂を起こして逮捕されたという話しを聞いた。
世間はいろいろと騒がしいようである。
でも、俺の頭の中はお花畑だが、何か?
そこへ重太郎が近づいてきた。
「近頃は佐那も坂本くんと仲良くやっているようで良かったよ」
ビクッ!
「ソ・・・ソンナコトハ無イデスヨ、重太郎センセイ」
「いやあ、あいつは昔から無愛想でこのままでは嫁の行き手もないかと心配してたもんです。近頃は明るくなっていいことです。気さくで明るい坂本くんの影響ですよ」
「ソ・・・ソレハドウモ」
「坂本くんも近頃はかなり剣術も上達して来たし、そろそろ佐那に勝てるのでは」
「イヤァ、マダマダデスヨ」
練兵館とのコネも必要なので桂とはちょくちょく会ってはいるが、佐久間塾も辞めて、今は剣術修行に集中している。確かに強くなった実感はある。いや、強くなってないと困る。
「もうすぐ、留学期間もおわりですきに・・・」
自分で言って少し寂しい気分になる。
女殺しの龍馬さんがどうやら佐那との別れに未練があるようだ。くっ、罪作りな女め。
まあ、百人に聞けば百人とも俺の方が罪と言うだろうがな!
「剣術修行の期間を延ばしてもらうわけにはいかないのか。君なら後数年も修行すれば北辰一刀流の免許皆伝ももらえるかもしれないのに」
延長か・・・。
考えて見ようかな。
「そうなればいずれ佐那と夫婦になってこの道場を任せられるのにな」
「@$△#&×□α!」
「どうした咳き込んで」
お前はどこを何まで知っている!
え、何この展開。俺の人生詰んだ?
「これは怒られるから本人には言ってないけど、佐那は間違いなく君に惚れている。兄としてはなんとか妹の恋路を応援したいのだよ。坂本くん、君を見込んでいるのだ」
さすがに俺と佐那が既に恋仲ということは知らないのか。
妹さんの恋路はもう達成されましたよ!
もう余計なことしなくていいよ!
「い、いえ、師匠のご息女など、私には荷が重過ぎます。私は田舎で道場を開ければ万歳という程度の男ですからに」
「残念だなぁ。まあ、考えといてくれたまえ」
重太郎は去っていく。
・・・いろいろと疲れた。
「龍馬さま、土佐にお帰りになられるのですか?」
「それは・・・決めかねております。父が高齢で近頃調子が悪く帰国を要請されてますので」
爺だけど、風邪ひとつしない元気老人だがな!
すまん、親父、俺のために病弱になってくれ!
「お父上が・・・それは大変でござますね」
ああ、信じちゃった。さすがに罪悪感。桂とか溝渕騙しても全く心痛まないのに佐那を騙すともう罪悪感で心が痛いぜ。
「一つお願いがございます」
結婚以外ならなんなりと。
「佐那さまのお願いであればなんなりと」
「出立の前に私と剣の勝負をして下さい」
千葉道場を出立する日がやってきた。
嘉永七年五月のことである。
約束通りに佐那子との最後の立会いである。試合形式で重太郎が審判役をやっている。道場の門下生が皆で勝負の行方を見守っている。
道場の中央で二人で構える。
「はじめ!」重太郎の掛け声が試合開始を告げた。
江戸に来てすぐは完璧に負けた俺であったが、一年の間に強くなった。普段の稽古で佐那の動きや技についていけるようになっていた。今日は初勝利も不可能ではないと思う。
「やぁ!」
先に仕掛けたのは佐那だ。後の先が彼女の剣技の特徴であるのに、珍しい展開だった。
俺はこの一年で学んだ足運びを駆使してその攻撃をかわし反撃にうつる。が、反撃の構えを取る前に佐那の次の攻撃が呼吸をおかずに炸裂する。竹刀を合わせて防ぐが、佐那の攻撃は止まらない。
強い。早い。そして美しい。
必死に攻撃を受け止める。反撃する暇も無い。決められていないのが自分でも不思議だった。このままではジリ貧だ。
負けたままでは土佐に帰られない!
攻撃をただ受け止めるだけでなく力を込めて跳ね返す。技では勝てない。佐那の弱点である力で押し返すしかない。攻撃の間合いが少しずつ空いてくる。
今だ!
一瞬の間をついて渾身の一撃の面を繰り出す。
カウンターで面をとられた。脳天まで響く一撃である。
「それまで!」重太郎の声が試合終了を告げた。
完敗である。今日の佐那はいつもよりはるかに強かった。
向かい合って礼をすると、佐那はそのままで語り始めた。
「今日は私の全ての技と力を披露しました。私が坂本さんに教えられる技はこれが全てです」
以前、柔の技を学べるのは千葉道場だけで土佐では学べないと言ったのを佐那は覚えていたらしい。佐那と会話する糸口であり軽口のようなものだったのだが。
「あなたはまだまだ未熟です。剣術を極めたいのであれば、再び江戸に来て修行することを勧めます。千葉道場はあなたをお待ちしております」
叩きのめすことで、俺が江戸に戻って来るのではないかと思っているのだろうか。
いじらしい。あー、やっぱり残ればよかったかな。
少し未練が残る。
「坂本、君が望むなら再びここで修行出来るように日根野道場と君の父上に手紙をしたためておいた。いずれまた会おうぞ」
上座から定吉先生が言った。
なんか俺を睨んでる気がする。もしかしたら、俺と佐那の関係に気づいてるのかも。
ちょっと冷や汗が流れる。
やっぱり帰って正解だったか。
「落ち着いたら再び剣術修行の為に戻ってまいります」
こうして俺は千葉道場をを立ち去った。
自分の言動に責任は持てない。この時の俺はまだ二十歳。自分の人生を決めるにはまだ若すぎた。
嘉永七年六月末。俺は土佐に帰国した。
土佐には尊皇攘夷の風が吹いていた。