警察が家に来た朝、僕の家族は崩壊していた
あの日、僕の“安住の地”は奪われた。
壊れた家族、見失った日常、そして母の命。
命を救う現場で、自分自身の心のピースを探していく――そんな再生の物語。
ドンドンッ!
「……なんだよ、朝っぱらから……」
重たいまぶたをこすりながら、布団の中で身を起こす。
だが、その音はすぐに「異常」だと悟る。
緊急性を帯びた、乱暴なノック。
「ちょっと、マジで何……」
そう言いかけると、ドアが開いた。そこには制服姿の警察官が二人、立っている。
その瞬間、心臓がギュッと縮こまる。
「……警察……?」
なんだ? 僕、なんかやらかしたのか?
思い当たる節は……ない。はずだ。
でも、身体が本能的に警告を鳴らしている。
「お父さんとお母さんの間で、ちょっと揉め事があったみたいでね。すまないけど、一緒に来てもらえるかな」
一人の警察官が穏やかに言う。けれど、目が笑っていない。
明らかに、何かを隠している目だった。
布団から出たばかりの寝巻き姿のまま、僕は訳もわからず部屋を出る。
足元がふらつく。心まで冷えていく──。
リビングを通りかかった瞬間、時間が止まったような感覚に陥る。
母が――倒れている。
床に横たわり、まるで眠っているみたいに……いや、違う。
その上に覆いかぶさるようにして、救急隊員が心臓マッサージを続けている。
人工呼吸のたびに、母の胸が持ち上がって、また沈む。
その動きが、現実離れしていて、逆に恐ろしい。
「……うそ、だろ……?」
かすれた声が勝手に漏れる。
呼吸が浅くなっていく。
だけど、立ち尽くすしかできない。
近づこうとする足が動かない。
喉が乾いて、声も出ない。
隣の部屋――寝室では、父が警察に囲まれている。
うつむきながら、何かを指示されている。けれど、内容は聞こえない。
音が、全部遠くなる。
まるで、テレビの音を急に絞られたみたいに。
「……これは、夢……?」
現実感がない。だけど、目の前の光景がすべてだ。
母の体温が、そこから消えていっているのを、肌で感じる。
弟は……? 犬たちは……?
どこにも見えない。家の中のはずなのに、誰の姿も気配もない。
「……乗って」
背後から声をかけられて、振り返ると、さっきの警察官が手招きしている。
気づけば、僕はパトカーの後部座席に乗せられていた。
ドアが閉まる音が、やけに重く響く。
車内は静まり返っている。
無線から聞こえる小さな声だけが、現実を引き裂くみたいに流れている。
「……母さんが、そんな……」
そう思っても、言葉は声にならない。
ただ、胸の奥がざわざわと波立ち、痛みとも呼べない何かに支配されていく。
このまま、どこか遠い世界へ連れて行かれるように感じる。