行基の夢を見た
軽蔑するような目が、俺を見ていた。
『先輩は何のために仕事してるんですか?』
金を稼ぐため。会社の利益のため。誰かの役に立つため。思いつく理由は沢山あった。
でも、どれもしっくり来ない気がして。
俺はそこで目が覚めた。
『続いては、"この偉人だ〜れだ?"クイズです。 とある偉人の功績や偉人にまつわる出来事が読み上げられますので、それらを聞いて該当する偉人を答えてください』
ソファに横になってテレビを見ていたら、そのまま寝てしまったらしい。
昼過ぎに見ていた情報番組は、いつのまにかクイズ番組に変わっている。
窓の外は既に真っ暗だ。
机に置いていたスマホの画面に触れて時間を確認すると、とうに19時を過ぎていた。
「頭いてぇ、寝過ぎた」
いつもならこの時間も会社に残って仕事をしていたはずだ。友人にはブラックだと心配されたが、俺自身は仕事への気力に溢れていた。
『それでは一問目。私は、ため池や橋などのインフラ事業の整備を行いました』
でも、皆が同じ熱量で仕事をしている訳じゃない。
『私は、国が禁じていた仏教を民衆に広めました』
俺がその事に気づいたのは、後輩からパワハラを訴えられた時だった。
『私は、東大寺の大仏をつくりました』
「大仏を作ったのは、大工だろ」
そんな子供みたいな屁理屈を呟いた直後、急激な眠気に襲われた。
今まで寝られなかった分を、今のうちに取り返そうとしてるんだろうか。
そんな事を考えながら、俺は再び眠りについた。
目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。
「聞いておりますか、弟子よ。物思いに耽るなとは申しませんが、陛下の御前でそのような事をされては私も庇いきれませんよ」
そして目の前には見知らぬ坊主のお爺さんがいた。
「......誰?」
「ほう。瞬きをする間に師匠の顔を忘れてしまうとは、狐にも化かされましたか?」
「師匠?」
「......ほう」
お坊さんは目を細めて、じっと俺を見る。
「どうやら、狐に化かされたと言うのも存外的外れという訳でも無さそうですね。自分の名は言えますか?」
自分の名前を言う。それは行基の知る名とは違ったようで。
「......心機一転名を改めた、と言うわけでは無さそうですね。これはこれは、陛下との会見前に珍妙な事が」
「あの、あなたは?」
「私の名は行基。しがない僧侶です」
「ぎょう、き?」
どこかで聞いたことのある名前だと思った。少し考えて思い出した。
「東大寺の大仏を作った人じゃん」
眠りに落ちる直前に見たクイズ番組の影響か、どうやら行基の夢を見ているらしい。
「おや、その事は知っているのですね。成された後のような言い方は気になりますが」
「?」
「残念ながら、今はあなたの困り事に手をつける暇が無いのです。とりあえず何も言葉を発さず黙って私の後ろに付いていてください」
「?」
行基に連れられてやって来たのは何やら厳粛な雰囲気を感じる大広間だった。大広間の奥には玉座のようなものがあり、そこには一人の男性が座っている。
「よくぞ来られた、行基とその弟子よ」
明らかに位の高そうな佇まいの男性は玉座に深々と座ったまま、話を続ける。
「お主らを呼んだのは他でも無い、朕の国を救うためだ。そのためにお主らの、仏教の力を借りたい』
男性の一言一句には有無を言わせぬ覇気があった。というか、"朕の国"ってもしかして。
「朕、聖武天皇が行基及びにその弟子に命ずる。国の幸福の導となりし大仏を建造せよ」
その男性は、行基に大仏を作らせたと言われている、聖武天皇だった。
大仏作りの任を受けた行基は、資金と人手を集めるため全国各地を駆け回ることにした。
「良かったのですか? 私の手助けをする事にして」
「ええ、他に行く当てもないので。それに、この身体に乗り移った意味があるかもしれませんし」
どうせ夢なので気にしないでください、とは言えない。
「大仏なんか作って、何の意味があるんだ!!」
旅路の途中、民衆の一人からそんな事を言われた。そんな事、俺が知るかよ。そう思ったけれど。
『先輩は何のために仕事をしてるんですか?』
行基に同じ質問をしたくなった。
「行基さんは何のために大仏を作るんですか?」
行基はしばらく逡巡した後、こう答えた。
「......あなたには、言えませんね」
「それは、俺が部外者だからですか?」
欲しい答えが得られず、前のめりに詰め寄る。そんな俺の心を見透かしたかのように、行基は言う。
「今あなたにそれを言えば、それに縋ってしまいそうだからです。
あなたの理由は、あなたの言葉で見つけなさい」
聖武天皇からの依頼を受けて12年。ようやく東大寺の大仏は完成する。
今日は、大仏開眼会と呼ばれる儀式の日。いわゆる完成披露宴的なやつ。大きな筆で大仏の目を描いて、大仏の完成とするらしい。その筆を握るのは、行基ではなくインドから来たお偉いお坊さんだった。
そんな完成間近の大仏ではなく、それを見る周りの人々に俺の視線は惹きつけられた。人々の反応は様々だ。
完成した喜びを仲間と分かち合う者、大仏に見惚れる者。やっと解放されると安堵する者、終わってみればこんな者かと怒りを顕にする者。
そんな多種多様な感情を見せる人々の中にも、行基の姿は無かった。
「......結局、行基が大仏を作る理由は聞けずじまいだったな」
行基は、大仏が完成する3年前に亡くなった。
生前、完成途中の大仏を見て行基が呟いた言葉を思い出す。
『これだけ大きければ、この先永劫に仏教は語り継がれるでしょう。願わくば、仏教がこの国に平穏をもたらしますように』
辺りの地を揺るがすほどの歓声が起きた。どうやら眼を描き終えたらしい。
自らの偉業の達成をその目で見れなかった事を、行基はどう思うのだろうか。
気が付けば、俺は自宅のソファの上で寝転がっていた。
窓の向こうからは光が差し込んでいて、もう朝のようだった。
テレビはまたつけっぱなしだったようで、朝のニュース番組が流れていた。
パワースポット特集をしているようで、どこかのお寺が映し出されている。
「大仏見に行くか」




