めんつゆでいっか
私は基本に忠実に、普通に茹でたのを普通につゆにつけて食べるのが好きです
彼との出会いは、学園を卒業して就職した勤め先の配属部署でした。
第一印象は「軟弱そうな男」
後で聞いたところ、彼の私への印象は「気の強そうな女」だったそうです。
私たちの勤め先は小規模なポーションメーカー、配属先はポーション生産部門です。
二人はまず、二人一組でポーション作りに従事することになりました。最初は指導係の先輩が都度検品をしてくれていましたが、品質には問題もなく、製作過程も熟れていることから実力を認められていきました。
まだ一人で任されるには早いと二人一組のままですが、普通は一年は修行期間があることを考えると、ほぼほぼ即戦力と認められたと言って良いでしょう。
一人前というよりは二人で一人前なので、一人では半人前、というところですが……
二人で一人のポーション職人だ! という決め台詞でも用意しましょうか、罪を数えたり数えさせたりはしませんが……
私たちが作っているポーション、それは、携帯性に富み即効性のある魔法薬の総称です。傷ついた体を癒す・スタミナを回復させる・毒を解毒するなどなどの効果がある魔法薬の総称です。
その特性から冒険者の必携アイテムとなっています。
この国には多数のダンジョンがあり、そこに挑む冒険者も多数います。
その冒険者からの旺盛な需要に応じるべく複数のポーションメーカーが鎬を削っていて、どのメーカーからも高い品質のポーションが安定して供給されている、という状況です。
業界としては参入障壁が低く、差別化も難しいので大きな利益率は望めないもののも市場の大きさもあり安定した顧客需要がある、安定志向の強い業界と言えるかもしれません。
ですが、ここでこの国に異変が起きたのです。
さらなるダンジョンが多数発見されたのです。
そのダンジョンに挑むべくさらなる冒険者たちが多数この国に入ってきて、その結果としてポーションの需要が大幅に増えたのです。
顧客需要が増えていいことでは? いいえ、違うのです……
ポーションには、その効能によってそれぞれ原料が違います。
例えば"癒し"であれば"メディグラスとブルタケ"、そうしてできた"癒し"ポーションにさらに"エイスリー"を加えると"癒し大"になる。
"解毒"であれば"カクトワラとビタトルズ"、といった具合です。
この原料が問題なのです。どれも自家栽培ができないのです。森の奥や山の上等で採取するしかなく、専門の業者に頼まないと入手できないのです。
つまり、原料の仕入れを増やそうと思って簡単に増やせないのです。
結果、需要を満たせるほどのポーションが供給できなくなりました。
次に、原材料の仕入れ合戦が始まり、原材料が値上がりしました。他国からの輸入など、量を揃える施策は業界一丸で進めたのですが、その結果の物流コスト増などが負担となりました。
ポーションの値上げは最後の最後、公共事業の側面もあることから、値上げが中々認められませんでした。
最終的に調合効率を少しでも高めようという研究が進み、より効率よく原材料が使える所が利益を出すようになりました。
その力のない生産者は業績を下げ、有能な職人は大手に引き抜かれるという形になっていきました。
こうなってから時が過ぎ、私たちの勤め先も陣容が変わりました。小規模ですので、研究も進まず、先輩たちも多くが大手に引き抜かれていきました。
結果私たち二人だけが残りました。まだ経験が浅いので引き抜かれるほどではないからです。
もう、正直少しでもここで経験積んでいいところへの移籍の踏み台にしてやろうとさえ思っていました。
そして、申し訳ないことに、ありがたいことに、社長も私たち二人を引き抜かれるに値するまで育てたら廃業しようと思ってくれているようでした。
もう研究室で寝起きするのが当たり前になり、徹夜も当たり前の中、私たちは作業していましたが、ご飯を食べようと準備していました。もう、朝ごはんなのか昼ごはんなのか夕ごはんなのか夜食なのかさえわからない時間感覚ですが……
社長が声をかけてきました
「隣の敷地に新しくできた食品工場から商品をもらったんだ、一緒に食べないか?」
隣にできたのは極東の皇国の細い麺を作る工場で、その細い麺は、茹でた後に特殊なつゆにつけて食べるそうです。
その細い麺をつゆと一緒にもらったそうです。細い麺は「そうめん」、つゆの名は「めんつゆ」というそうです。
食べてみるとさっぱりしていて、弱った私たちの胃にも優しい味でした。
薬味という香味野菜を一緒に食べたり、食べ方もバリエーションがあります。とても気に入り、定期的に購入させてもらうことにしました。
すっかりそうめんが気に入ってしばらく、先の見えない長時間労働で疲れ果てていたある日のことです。
一日の徹夜は泥酔状態に相当するほど判断力を低下させるそうです、それが何日も続いた私たちはおかしくなっていました。
「メディグラスの絞り汁がないよ」
「めんつゆいれておくね」
「ブルタケの刻み粉もないよ」
「めんつゆいれておくね」
……
……
……
「起きろ! お前たち起きろ」
「あ、ごめんなさい、寝てました」
「それはいいんだ、だけどこのポーションどうやって作ったんだ!? メディグラスとブルタケ、どっちも今なかっただろ!?」
「………………え?」
思い出しました、ポーションの製造工程はそのままに原料をめんつゆにしたことを、そしてそれを社長に正直に言いました。
「ちょっと俺と一緒に作ってくれ」
実演を求められました。
そして結果……作れませんでした……夢だったのでしょうか
「お前らでやってくれ」
もう一度やってみました、ポーションは一人でも作れるのですが、時間効率を考えるとある工程は二人で順番にやった方がいいのです、そこをいつも通りやりました。
できました。
「他のポーションもできたりするのかな?」
やってみたら、できちゃいました……
めんつゆは万能ポーション原料だったのです……
この後の社長の判断は、私は一生尊敬すると思いました。
まず、めんつゆと、元々の原材料の差額からどれだけ利益が改善するかを求めました。
また、めんつゆの安定供給を実現するべく、隣の工場と交渉を始めました。
めんつゆは複数の原料から作られており、そのそれぞれに異なる穀物を用いた複雑な工程を必要とするのですが、極東の皇国ではありふれた技術であるとのことで、工場の敷地内で生産してるものとのことでした。
その優先安定供給権を買い取ろうとした社長ですが、相手の工場長から提案がありました。
どうやら気に入っているのは私たちだけで、事業としてはうまくいってないので、皇国からは撤退を打診されているとのことでした。
ですが、工場長はこちらの女性と結婚したため、帰りたくのだそうです。なので、買収してくれないかと。
社長はその提案に乗りました。
そうめん工場を隠れ蓑にしようと思ったのです。
ポーションの原料を仕入れないのに生産していることは、薬草業者から必ずバレる、なので、そうめんの原材料の仕入れと一緒に行なっているのだ、ということにしようということです。
そして、そうめん・めんつゆ・ついでにポーション会社として再編成、社長は相談係、ポーション部門の長は私の相棒、そうめん・めんつゆは元工場長、代表権のある社長は私に……
私!?
「お前らしか作れないんだからお前らがトップであるべきだろ」
「そうですね、そして私は表に立ちたくないから貴女にお願いしたい」
…………くっ! ころせ!
「産休・育児休暇はとるからね! あと、父親も育児休暇取得と育児協力必須!」
「プロポーズの時に約束したよね」
「!!! デリカシーデリカシー」
そう、男女で閉じ込められて過ごすうちに私達はそういう中になっていたのだった。
めんつゆをポーションに変えるには想い合う男女が行う必要があること。
私達の子孫がついには万能薬エリクサーの調合すら可能としてしまうこと。
それが世界の命運を賭ける戦いで世界を救う働きをすること。
私たちには預かり知らないことです。
やっとゆっくり寝れるようになり、裕福な生活を愛する人と子と過ごせるようになった喜びを噛み締める日々です。
「おかあさーん、炒め物味付けどーする?」
「めんつゆでいっか」
めんつゆでいっか 完
B「しょうゆ、みりん、酒」
A「めんつゆでいっか」
B「ローズマリー、タイム、カルダモン」
A「めんつゆでいっか」
B「豚肉、キャベツ、ニラ」
A「めんつゆでいっか」
B「いいわけあるか! めんつゆのめんつゆ風味めんつゆ炒めじゃねか!」
A「というアホな作品なわけね?」
B「です」




