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2話 一人きりの輿入れ道中

 エリン王国の王城を出て、馬車を走らせ続けて十日目。輿入れの期日の朝のこと。

 カトリーヌは困っていた。

 

 魔族の王、魔王の住む城があるとうげの入口に差し掛かったところで、馬が一歩も動かなくなってしまったのだ。

 

「こりゃどうしようもねえや。恐れ入りますがここから先は歩いて参りませ」

 

 と、たいして恐れ入ってもいない風に言った御者が去ってしまった後だ。

 

(昼までに魔王の城にたどり着かなくてはいけないというのに、どうしよう……一人きりでお城に行かないといけないのかしら)

 

 峠の入り口に残されたカトリーヌが、小さくなっていく馬車を見送りながら顔を曇らせた。

 

 護衛として付けられた兵は、魔族国の領内に入った後に、一人また一人と姿を消し、ついに昨日には一人も居なくなってしまっていた。

 そしてつい先ほど、御者が居なくなってしまったのだ。カトリーヌは正真正銘の一人きりになった。

 

 馬車の姿がすっかり見えなくなると、どうしようもない心細さが襲ってくる。

 しかし、いつまでも立ち尽くしている時間はない。

 約束に遅れたとなって、輿入れが、ひいては和睦が無くなっては大変だ。

 

(大丈夫、大丈夫。私、体力はある方だわ。こんな道、なんてことない! なんとかなる!)

 

 そうカトリーヌは、峠を登る決意を固めた。

 

 道中に、エリン王国の現状を見た。王都の民も疲弊していたが、地方の荒廃にはさらに心を痛めた。

 孤児も多かった。孤児たちを見ると、病気で母を失ったときの悲しみや、その後に使用人身分に落とされたこと、……幼い頃の辛い記憶を重ねて、心が痛んだ。

 

(あの子たちに、せめて平和をあげたい。和睦のため……絶対に魔王城にたどり着いてみせる!)

 

 (いただき)にそびえる城を見上げるカトリーヌの目に、魔王城がまがまがしく映る。脚が震えるけれど、カトリーヌの覚悟は揺らがなかった。

 

 心の準備のため、深呼吸をする。

 胸に満ちる空気は、予想よりも澄んでいた。


「魔族が住む場所は、空気が自然と淀んでいくんだって脅されていたけど、全然そんなことないのよね、っと」


 トランクを抱えながら、独り言をつぶやく。

 馬車の旅路では誰も話し相手がいなかったので、すっかり独り言が多くなってしまっていた。

 

 歩きながら、魔族領に入ってからの驚きを色々と思い出す。

 

 戦争の被害はエリン王国よりも少ないくらいで、作物を実らせた果樹園や畑も見かけた。

 人懐っこい魔族の子どもに、見たこともない果実を分けてもらったりもした。

 護衛も御者も食べなかったので、カトリーヌだけが美味しく食べた。

 

 食べ過ぎてお腹を冷やしてしまったのは、反省点だったけれど。

 

「はあ、美味しかったなあ」

 

 喉が渇き始めていたカトリーヌは、みずみずしい果物の味を思い出しながらため息をつく。


「でも、あんな果物は、魔王城では食べられないだろうなあ。魔王って肉食のイメージだし……」


 今の魔王は前魔王を倒して王座を奪ったと聞く。きっと残忍で攻撃的で強くて怖くて……血の匂いがするのだろう。

 

 そこまで考えて、頭をふって恐ろしい想像を打ち消した。


 と、カトリーヌは帽子のリボンをほどいた。

 

 どれだけ怖くても、行くしかない。

 リボンでスカートのすそを結び、ついでに、帽子はその場に置いていくことにした。

 

 せっかくのドレスと帽子だけれど、山歩きには向かなかった。

 ドレスは長すぎるし、帽子は木に引っ掛かりやすい。


 そうして、カトリーヌは城への道を歩きはじめた。履き慣れない、繊細なヒールの靴で。

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無才王女、魔王城に嫁入りする。 ~未来視の力が開花したので魔族領をお助けします!~

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