嫉妬と散歩と新食材⑪
「お待たせいたしました、赤龍帝様! 今宵は、散歩のお礼に、特別な料理をご用意いたしましたっ!」
そして、その日のディナータイム。
準備を完璧に整えた私は、そう言って赤龍帝様をお迎えしたのだった。
「特別か。散歩で買ったものを使った料理、ということか?」
「はい、その通りです。腕によりをかけて調理しました、ご期待ください!」
「そうか。それは、よいのだが……」
そんなことを話しながら、席に着く赤龍帝様。
だけどその目を、食卓に置かれた、それ。
白と青のシマ模様をした、真ん丸な食器に向けると、不審そうに続けたのであった。
「……なんだ、これは。またずいぶんと、奇妙な食器を出してきたな。たしか、散歩中にこんなものを買っていたようだったが……。何を入れるためのものか、想像もつかん」
「うふふ。この食器は、ドンブリと申しまして、中身は見てのお楽しみでございます。どうぞ、フタを取ってお召し上がりください」
「ああ、この上の部分は、フタなのか。どれ……」
そう言って、ドンブリのフタをそっと持ち上げる赤龍帝様。
すると、中からもわっと湯気が上がり。
そして、姿を現した中身を見て、彼は驚きの声を上げたのだった。
「……なん、だこれは……。奇妙な食器のその中身も、あまりにも奇妙すぎる……!」
赤龍帝様がみつめる、その先。
そこにあった、ホカホカと湯気を出している茶色いなにかを、私は自信たっぷりに紹介したのだった。
「赤龍帝様。こちらは、カツ丼と申します!」
「カツ丼……。名前もまた、奇妙すぎる。なにがどうなっておるのだ、これは」
そう言いながら、すっと箸を手にする赤龍帝様。
だけどすぐに困った顔をすると、私のほうを見てこう言ったのだった。
「これは、なにをどうして食べればいいのだ?」
しまった。赤龍帝様にとって、カツ丼はあまりにも常識外れだったらしく、手が付けにくいらしい。
なので私は、慌てて説明に入ることにしたのだった。
「赤龍帝様。このカツ丼のメインは、その真ん中に鎮座している茶色い揚げ物、トンカツでございます。まずはそれを一切れ取って、食べてみてくださいませ」
「これか。どれ」
そう言って、分厚いトンカツの一切れを箸で持ち上げる赤龍帝様。
そして興味深そうに横を向けると、輝くばかりに白く、だがわずかに赤みを残した見事な断面が姿を現したのだった。
「なんと、中身は白いのか。これは……何かの肉か?」
「はい。散歩で買ってきた、豚という家畜のお肉ですわ。豚はイノシシを家畜化したもので、牛と並んで、人間が大好きなお肉なんですよ」
「ほう。イノシシの肉なら、幾度か口にしたことはある。別に、食べるほどではないなと思ったものだ。……だが、これはなんだか、妙に美味そうな……」
そう言って、どこかうっとりとした目でトンカツを見つめる赤龍帝様。
ラードでカラッと揚げたトンカツは、衣が見事に輝き、しっとりとした肉汁が閉じ込められていて、なんとも素晴らしい仕上がり。
それはもう、食べたことのない人でもわかるぐらい、とにかく美味しそうなビジュアルなのである。
そして、その見た目を十分に堪能した後、そっとそれを口に運ぶ赤龍帝様。
すると、サクッ、と衣を噛み締める音がして。
赤龍帝様が、目を見開いたのだった。
「……美味い……!」
トンカツの最初のひと口をじっくり味わった後、そう声を上げる赤龍帝様。
そして一切れをあっという間に食べてしまい、信じられないといった様子で続けたのだった。
「馬鹿な、これがイノシシと同じ生き物だと……? 全然違うではないか。あれは、もっと筋張って、味も雑味が強かった。だがこれは、柔らかく、味わいが深く、どこか牛とは違う甘みも感じる。凄まじい完成度と美味さだ、このトンカツとやらは……!」
なんて、トンカツを褒めたたえる赤龍帝様。
どうやら相当気に入ったらしい。
気持ちはわかる。私も初めて作った時に、この料理を考えた人は天才だと思った。
トンカツの最大の特徴は、やっぱりサックサクの衣と、肉汁が閉じ込められた豚肉だ。
肉叩きでしっかり叩いて柔らかくし、下味をつけた豚肉に小麦粉と卵をまとわせる。
それに荒く作ったパン粉をまぶし、じっくりと揚げることで、最高のトンカツに仕上がるのである。
「なんとも、これはたまらん。もう一切れ……む? なんだ、下に何か敷かれているな。これは……米、か」
「はい、赤龍帝様。カツ丼は、ドンブリものと呼ばれる、ご飯の上におかずを乗せた料理の一種なのです。どうぞ、今度はトンカツとご飯を一緒に召しあがってみてください」
私の言葉に「わかった」と応え、トンカツを一切れ、続いてご飯を口にする赤龍帝様。
そして、じっくりと味わった後に、うっとりとした表情を浮かべたのだった。
「これは……強いトンカツの味わいと、甘みがある米の味が合わさり、最高に美味い! 豚の肉汁と、まとった油がこれほど米に合うとは。だが、それだけではないな。トンカツの下に敷かれた、この黄色い何かも味に一役買っている。これは、なんだ?」
「そちらは、別の家畜、鶏という鳥の卵です。カツ丼とは、豚肉とご飯と鶏卵が組み合わさって、味を作り上げる料理なのです」
そう、カツ丼は本来、揚げた豚肉を和風の煮汁で煮込んで、卵で閉じてご飯に載せるドンブリ料理のこと。
ただし、今回トンカツは煮込まず、卵とじの上に載せる形で提供した。
初めて食べていただくトンカツなので、サクサク感を楽しんで欲しかったからだ。
それならトンカツ単品で良かったのでは、と思うところだが、あえてカツ丼にした。
なぜなら、今回買ってきた新食材、豚と鶏の両方をお披露目したかったからだ。
なにしろ、これは散歩のお礼なのだから。
そして、それが組み合わさったらこんな凄い料理ができるのだということも、伝えたかったのである。
そういう私の気持ちを知ってか知らずか、赤龍帝様は、カツ丼に魅了された様子で食べ進めながら、感動した様子で言ったのだった。
「素晴らしい……。カツ丼、なんと魅惑的で素晴らしい料理だ!」




