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婚約破棄されて龍の生贄にされたけど、美味しいごはんで生き延びます! ~龍帝様のいけにえごはん~  作者: モリタ


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一話 赤き龍と秋の恵みごはん①

「ウルリカ・ミントグリーン! お前との婚約は、破棄させてもらう! そして、お前には龍の生贄になってもらうぞ!」

「ええっ!? ちょっ、ちょっと待ってください、わっと一気に情報を浴びせかけてこないでください!」


 とある王国にある王宮の、豪華な一室。

 そこで、婚約者であるはずのダミアン王子にそう告げられた私は、混乱し、思わずそう叫んでしまった。


「どういうことですか? 一つずつ整理させてください! まずは、婚約の破棄、でしたっけ? ……えっ、本気ですか!? 私が『聖女』だからって、妻にするためにここまで育ててくださったのに!?」


 そう、私は聖女。

 100万人に一人という確率で、この世界には不思議な力を持つ聖女という存在が生まれてくるのだ。


 私、ウルリカ・ミントグリーンもそんな聖女の一人で、貧しい農家の生まれだった私を王家が引き取って下さり、ここまで育ててくれたのである。

 そんな私も、晴れてこの国での成人である十六歳になり、後はダミアン王子の嫁となり、国のために尽くす人生が始まるはず……じゃなかったの!?


 なんて理解が追い付かず困っていると、ダミアン王子はその端正な顔をにやりと邪悪にゆがませ、綺麗な金髪をファッサァッとかきあげて、厭味ったらしく言ったのだった。


「ふん、なにが聖女だ。他国の聖女は、天候を操ったり、病を治したりと、有用な力の者ばかり。だというのに、お前の能力ときたら『手から食べ物を出す』などという、何の役にも立たぬものではないか。この俺は、食うに困ったことなど一度もないわ。この、出来損ないめが!」

「うっ……」


 ダミアンの指摘に、思わずうめき声をあげてしまう私。

 そう、聖女はそれぞれに違う能力を持っていて、私のそれは、かざした手から望んだ食材を自在に出せるというもの。


 ただし、出せるのは穀物や野菜に果物など栽培できるものと、それらから作った調味料や飲み物だけで、しかも一日に出せる量はそう多くもない。

 王族に生まれ、空腹になど苦しんだことがないダミアン王子にとっては、まさに無駄な能力にしか見えないのだろう。


「そもそも、偉大な次期国王であるこのダミアンが、お前のような下賤な田舎娘を妻にすると本気で思っていたのか? 思いあがるな、この汚らしい野良猫が!」

「げ、下賤……。野良猫……」


 畳みかけるようなその言い草に、茫然としてしまう私。

 確かに、私が王宮の皆様にそのような陰口を叩かれているのは知っていた。

 やや癖のある髪の毛に、大き目のアーモンドアイ。


 肌も農民の子らしく、少し日に焼けていて、貴族の皆様のように白くはない。

 そのせいで、「拾われてきた猫が王家に入るなんて」なんて言われているのだ。

 それでもダミアン王子だけは会うたびにやさしく、「君を娶る日が楽しみだ」とか、「私のために自分を磨いてくれ」だとか言ってくださって、良い人だと思っていたのに……!


「ひどいっ! あの優しいお言葉の数々は、全部嘘だったのですねっ!?」

「ふん、馬鹿め。我慢して今日までお前を育ててやったのは、すべて理由があってのこと。おまえを山に住むという龍の王、『龍帝』への生贄にするためだったのだよ。『手から食べ物を出す』などという能力を持つ聖女の肉は、はたしてどんな味がするのか。千年を生きるという龍であっても、きっとそれが気になることであろうよ」


 ああ、なんということだ。

 最初から、そういうことだったのか。

 すべては、私が食べごろになるまで手元に置いておくための策略だったのだ!


「ううっ、聖女を妻とした家系は、永く繁栄するから私を迎えてくださるって話だったのに! それに、私が出した食材で作った料理を、いつも美味しいと召し上がって下さっていたはずでは!?」


「馬鹿め、貴様が手から出した物なぞ気持ち悪くて食えるか! あんなもの、すべて犬の餌にしてやったわ。喜べ、犬には好評だったぞ。犬にはな」

「……そんな……」

 

 ニヤニヤ笑いながら言うダミアンと、茫然とつぶやく私。

 私は食材を出す能力を活かすため、貰われてきた時からずっと、料理の修業をしてきたのだ。


 そのかいもあって、今では、知りえる限りすべての調理技術を身に着け、国でもトップレベルの料理人になれたのだ。

 それも、すべては婚約者であるダミアン様のため。


 彼を喜ばせる、ただそのためだけに生きてきたのに……!


「ふっ、だが案ずるな。貴様の代わりならちゃんと見つけてある。君。入ってきたまえ」

「はい、ダミアン様」


 ダミアン様がそう扉のほうに声をかけると、向こうから女性の声で返事があり、すっと扉が開いた。

 そしてそこから、私より華麗なドレスで着飾った、長身の美女が姿を現したのだった。


「どうだ、美しかろう。この者は、新たに見つかった聖女だ。しかも、お前とは比べ物にもならない素晴らしい能力を持っておる。君、見せてくれたまえ」

「はい、ダミアン様」


 美女はそう答えると、すっと右手を自分の左手の上にかざしてみせる。

 そして、次の瞬間。

 驚くべきことに、その右手から、ポロポロと色とりどりの宝石がこぼれ落ちたではないか!


「すっ、すごっ……」

「どうだ。この者の能力は、『手から宝石を生み出す』という素晴らしいもの。食い物しか出せない、どこぞの出来損ないとは雲泥の差であろう。しかも、この美貌で、貴族の血も引いているという。現実というやつは非情だなぁ。お前もそう思うであろう、ええ? 出来損ないの聖女よ」


「うふふ、ダミアン様、あまりいじめてはいけませんわ。この方、もうじき龍に丸かじりされるんでしょう? 味が苦くなってしまうかもしれませんでしてよ」

「おっと、これはいかん、俺としたことが! はっはっは!」


「おほほほほほ」


 なんて、悪趣味な言葉を交わしあう二人。

 ああ……駄目だ。能力では、とてもじゃないけど勝てない。

 でも、それ以上に、この性格の悪さに敵いそうもない!


 かくなる上は、と、一縷の希望をかけて、部屋から飛び出し逃走を図る私。

 だけど、部屋の外には鎧姿の衛兵が待ち構えていて、すぐに取り押さえられてしまった。


「ぐえっ」

「馬鹿め、ここに来て逃がすものか。お前には、絶対に生贄になってもらう! 今まで育ててやった恩を、その身で返すがいい」


「後のことは、私に任せなさいな。聖女として、そして王妃として、あなたの分まで存分に豪華な生活を楽しんであげる。さようなら、出来損ないさん」


 そして、衛兵の手によって床に押さえつけられた私を見下ろし、二人はそう言って笑い声をあげたのだった。

 ああ、なんてみじめなんだろう……。


 こうして私は、聖女にして王子の許嫁という立場から、龍に捧げられる珍しいお肉という立場まで大転落を果たしたのであった。

 ああ……もう、どうにでもなれ。

  

◆ ◆ ◆


「お初にお目にかかります、龍帝殿。私の名はダミアン。隣国の、次代の王にございます。龍帝殿の偉大さについてはかねてより聞き及んでおり、この度は謁見の機会をくださったこと、まことにありがたく……」


 そして、捕らえられてから数日後。

 私は檻付きの馬車に乗せられ、山中にそびえ立つ、龍の住む巨城へと運び込まれていた。


 今はその中にある謁見室で、ダミアンがへつらった笑みで、龍帝とやらに長い挨拶をしているところだった。

 

(ああ、ついに龍の住処についちゃった。私の命も、ここまでなのね)


 なんて、ロープに縛られたまま床に転がされ、しくしくと涙を流す私。

 ああ、人生の大半を聖女として認められるために費やしたのに、その結末がこれとは。


 私ってば、哀れすぎる! 

 ……なんてことを考えながらも、私には一つ気になっていることがあった。

 それは、私を食べるという龍のことだ。


 龍といえば、私は大きく恐ろしい、爬虫類のような姿をしていると聞いていた。

 その体躯は城より大きく、全身が鋼のように固いうろこで覆われていて、巨大な翼で空を飛び、口からは鉄をも溶かす炎を吐く、最強の化け物なのだと。


 世の中には龍に挑む英雄の話が山ほどあるけれど、その結末はどれも同じで、人が龍に負けて命を落とすことになっている。

 いわく、龍は人の敵う相手ではない。

 

 それは災害のようなもので、決して戦ってはいけないと締めくくられているのである。

 だというのに。


 この謁見の間の、少し高くなった場所に置かれた王座。

 そこに座っている方の姿は……どう見ても、人間にそっくりだったのだ。


「……」


 頬杖を突き、むっつりとした表情でダミアンの話を聴いている、若い男性。

 その顔は驚くほど整っていて、まるでよくできた絵画のようだ。

 仕立ての良い、ゆったりとした服の上からでもわかるほど体つきはがっしりしていて、立ち上がったらかなりの長身であろう。


 そしてその短く整えられた髪と意志の強そうな瞳は、どちらも燃えるように赤く、それが彼によく似あっていた。

 見た目はただの美青年。だけどただ一点違うのは、その両のこめかみのあたりから、鋭い角が生えていること。


 その角は途中で曲がってツンと天を向いており、彼の存在に神秘性を与えていた。


(すっごい美形……。あれが、龍、なの? 人間みたいな見た目だけど)


 状況も忘れて、思わず見惚れてしまう私。少なくとも、トカゲではない。

 だけど、妙なのは彼だけではない。この城もだ。

 馬車で運ばれていると、突如として山中に姿を現した、この壮麗なる城。


 それは陽に照らされ瑠璃色に輝いていて、今まで見たどの建物よりも大きく、美しく、立派な代物だったけど。

 しかしそれは、どう見ても人間が住むためのものだった。


 ここまで運び込まれた通路も、この部屋も、すべて人間サイズ。置かれた調度品も、人間が使っているのと同じだ。


(てっきり、龍の住処というから、大きくて暗い洞窟か何かと思ってたんだけど)


 あの人も、やっぱり人間にしか見えないし。

 どういうことだろう。龍帝っていうのは異名のようなもので、実際はただの人間なのだろうか。


 あの角だって、権威を示す飾りなのかもしれない。

 でも、それだとこんな山奥に住んでるのが奇妙だしなあ……なんて、ダミアンの長話を聞き流しながら場違いなことを考えている私。


 すると、そこで部屋の向こうから甲高い声が響いてきた。


「おい、貴様、いい加減にするですな! 挨拶したいというから通してやったのに、いつまでもいつまでも、どうでもいいことをベラベラと! 偉大なる龍帝様のお時間を、無駄にするではないですなっ!?」


 そう言いながら、怒った様子でこちらにやって来るそれ。

 それ、と表現したのは、相手が謎の存在だからだ。

 それは身長1mほどの、丸い体をしたなにかだった。


 手や頭も人形のように丸く、顔には小さくて真っ黒な、ごま粒のような目に、妙に立派な黒い髭だけがついている。

 執事服を身にまとい、頭にはちょこんとシルクハット。


 まるで物語に登場するマスコットキャラのようなそれは、見た目通りの高い声でさらにまくしたてた。


「そもそも、お前ら人間は、偉大なる龍の皆様にとって敵も同然。それを隣国のよしみで特別に通してやっているのだから、用件をとっとと言うですな!?」

「くっ……。おのれ、変な生き物が王子である俺相手に偉そうに……!」


 そう圧をかけられ、悔しそうに小声で悪態をつくダミアン。

 だがすぐにわざとらしく咳払いをすると、やがて満面の笑みを浮かべてこう言ったのだった。


「今日私がこうしてまかり越しましたのは、ほかでもありません。偉大なる龍帝様と、今後の関係をより良くさせていただきたく、捧げものをお持ちしたのでございます! きっとお気に召しますよ。さあ、どうぞお納めください!」


「あうっ……」


 その言葉と同時に、私はダミアンによって強引に前へと引きずり出され、思わず悲鳴を上げてしまう。

 すると、龍帝なる方の視線がこちらを向いて、思わず血の気が引いてしまった。


 ううっ、こうして直接見つめられると、この方、独特の迫力がある……!


「……何の真似だ?」


 そしてそこで、ずっと黙っていた龍帝様がようやく口を開いた。

 その声は低く冷たく、どこか怒っているように感じられる。

 それに、ダミアンは「うっ」とひるんだ声をあげ、ご機嫌をうかがうような様子で続けた。


「こ、これなるは、世にも貴重な『手から食べ物を生み出す』聖女にございます! まさしく、世界に二つとない、珍しき存在。この者を、どうかお受け取りいただきたく……おい、お前の力を龍帝様にお見せするのだ!」


 そう言うと、ダミアンは私の前にさっとワイングラスを置いた。

 正直やりたくないけど、逆らってどうにかなることでもないので、しぶしぶその上に手をかざす私。


 そして力を籠めると、私の手のひらがキラキラと輝きだし、そしてその中から真っ赤なワインが零れ落ちたのだった。


「おおっ!? 人間が、何もないところから何か出したですな!?」

「……」


 グラスに溜まっていく赤い液体を見て、驚いた声を上げる謎のマスコットと、無表情のままの龍帝様。

 それにダミアンは得意満面、調子に乗って語りだしたのだった。


「いかがですか、面白いでしょう? このような珍しい存在、龍帝様でも見たことがないのではありませぬか? これを食べごろになるまでキープするのには、なかなかに金と手間がかかりました。龍帝様のために、王子であるこの私が、手間暇をかけて育て上げたのです。どうでございますか」


 そして、いやらしい笑みで龍帝様に媚びた視線を送るダミアン。

 だけど、それに対する龍帝様の反応は、いたって冷淡なものだった。


「どう、とはなんだ。この俺に、そやつをどうしろというつもりだ」


 低い声でそう答え、すっと玉座から立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かってくる龍帝様。

 その反応に、ダミアンは「えっ」とつぶやいて焦った表情をし、慌てた様子で答える。


「えっ、ええと。こ、これは親交を深めるための……そう! いわゆる、生贄にございます。古来より、人は龍に生贄を捧げてきたと聞き及んでおります。なんでも、龍はたいそうな肉好きだとかっ……。たっ、食べてみたいとは思いませんか!? 手から食べ物を出す、世にも珍しい聖女を!」


「……なるほどな。つまりお前は、自分の同族であるそやつをこの俺に差し出し、食べさせようというわけだ。俺が、人間を食べるのが好きだと考えて」

「えっ!? あ、は、はい……」


「なるほど。お前の話はよくわかった。その上で、聞こう」


 そう言いながら、私たちのすぐそばまでやってきた龍帝様は、おびえているダミアンを見下ろし、こう続けたのだった。


「……こうは、考えなかったのか? 人を食らう、恐ろしい龍の城になど来てしまったら……自分こそが、食べられてしまうのでは、と」

「ひっ……ひいいいいっ!?」


 ギラリと龍帝様の目が光り、ダミアンが情けない声を上げる。

 それにつられて、私も思わず震えてしまう。

 なにしろ、ものすごい迫力なのだ。見た目よりも、ずっと大きな何かに見えてしまうぐらいの。


 それに耐えられなくなったらしいダミアンは、みっともなく転げるように逃げ出しながら、こう叫んだのだった。


「おっ、お助けを! おっ、王子である私を食べると、外交問題になりますぞ! どうか、食べるならそいつをっ!!」

「あっ、ちょっと!?」

 

 そのまま、謁見の間から飛び出して行ってしまうダミアン。

 置き去りにされてしまった私は茫然自失、両手両足を縛られたままなので後を追うこともできない。


 そんなぁ、と心中で嘆きつつも、そっと見上げてみると。

 ちょうどこちらを見下ろしていた龍帝様と、バッチリ目が合ってしまった。


「ひっ……」


 ああ。私は本当に、今から食べられちゃうのだろうか。

 もしかして、龍帝様のこのお姿は仮のもので、次の瞬間には大きく恐ろしい龍に変化して、私を丸のみにしちゃったりするのだろうか。


 それは、嫌だ。かなり嫌だっ!

 なんて震えていると、そこでしゃがみ込んだ龍帝様が、私のあごに手を添えて自分のほうを向かせ、こうつぶやいたのだった。


「お前……」


 ああ。なんだか、この後のことがわかってしまった。

 この、お前、に続く言葉は……そう、間違いなく「美味そうだな」だ! 

 ああ、駄目、食べられちゃう!


 そう思った瞬間。私の口から、咄嗟にこんな言葉が飛び出したのだった。


「お、お待ちください! わっ、私……料理ができますっ! とっても美味しい、龍帝様でも食べたことがないような、凄い料理をお出しできます! わっ、私は、食べるより、生かしておいたほうがお得ですよっ!?」

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