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敗北からの明日へ

 私の名は、エドモンド・アズ・ナブール・ライズ。私はとんでもないものに出会ってしまったのかもしれない。

 

 輝く翼が映る家宝のマジカルルーペを外しながらそう思った。手が震えている。マジカルルーペの光景が頭から離れない。


 一旦牢を離れて冷静になろう。


 私は隊員の食堂に駆け込んで水を貰い、一息に飲み干そうとして、誤嚥した。

 ゲフン、ゲフンと咽る私を、たまたま食堂で食事を取っていたランスロットが心配そうに見つめている。


 私は大丈夫心配するなと手で合図を送り、その場を立ち去る。


 廊下を歩きながら思う。あの時、私は彼から未知の驚嘆と畏怖、そして神聖さを感じた。

 

 後少しでも彼の姿を見ていたら、私はあの光の翼に祈りを捧げていたことだろう。


 落ち着け、冷静になれ、こんな経験には慣れているだろう。


 私だって数々の修羅場をくぐって来た男だ。色々な物と見て色々な体験をしてきたはずだ。 

 たかが神々しく光輝く美しい二対四枚の翼を拝見させていただいた位で動揺するな。


 そうは頭で思っても、体は正直で心臓の鼓動は速く高鳴り、体は力が抜けて気を抜けば腰が砕けそうになる。

 

 結局私は、落ち着くまでに3回の誤嚥と、二時間ほどの時間がかかった。



「飯の時間だ」 


 私は一衛兵の振りをして、食事を届ながら会話を試みる。すると思ったよりも簡単に彼と話をすることが出来た。


 彼はアケカミ・アキラと名乗った。


 彼は言葉を選びながら、朝起きたら外で寝ていて、この町に来た経緯も全裸になった経緯も覚えていないと言った。

 また、彼はこの世界のことを何も知らなかった。大陸のことも国のことも町のことも人の営み、常識さえ知らない。


 彼と話をしていて気が付いたこともある。


 彼はこの世界のことを知らないだけで、知識や知恵がない訳ではない。むしろ高い教養すら感じる。恐らく彼は高度な教育を受けている。彼の話には私が知らないことも多い。


 私は何食わぬ顔でこの世界のことを話して聞かせた。魔法やエルフの話をした時には驚愕の表情を見せていた。話し相手もなく、ずっと一人でいたために人恋しい思いをしていたようで、話が終わるころにはすっかり私に気を許してくれたみたいだった。


 私の中で彼が召喚された勇者ではないかとの思いが強くなった。



 その後も毎日彼と色々なことを話した。そして会話を重ねる度に私はアキラのことが気に入っていった。

 好きだと言っても良い。勿論人間性のことであって、性的にではない。


 アキラのことはまだ国へ報告をしていない。


 このままアキラを国に引き渡して良いのか?


 そうすればアキラはどんな運命をたどるのだろう。アキラは優しいから心配だ。国の言うことを断れず信じて流され、言うことを聞く人形のように扱われてしまうのではないか。政治利用は勿論、戦争や紛争にも利用されるのだろう。


 「・・・」



 私はアキラの成長を手助けすることが出来ないかと考えた。


 おせっかいかもしれないが、一人でも生きていける様に、知識や技術を、剣技や魔法を、生きるための力を。


 アキラを釈放し、家へ連れて帰ろう。食事と寝床、仕事を用意して迎え入れよう。

 妻も娘もきっとアキラを気に入ってくれるだろう。



「あなた今日も機嫌が良さそうね。また良いことでもあったの」

「ああ、とても良いことを思いついてね」

「ふふふ、良かったわね」


 ソファーで隣に座ったマーガレットが私の手を握りながら優しい瞳で私を見つめている。

 20年たっても変わらない慈愛溢れる優しい妻。


「明日、客人を連れて来る。暫くはここで面倒をみたいと思っている。突然で悪いと思うが宜しく頼む」

「はい、わかりました。エリナにも言っておき

 ますね」

「ありがとう、夕食の時に紹介しよう。君やエ

 リナもきっとアキラのことを気に入るはずだ

 よ」

「わたしも興味がありますわ。あなたをそこま

 で魅了したアキラさんがどんな人なのか」


 夫婦でワインを飲みながら語り合う団欒の時間は、やがて、お互いを求める睦言へと変わり始める。

 

 マーガレットが私の肩に頭を預けて身体を寄り添う。マーガレットは濡れた瞳で私を静かに見つめている。マーガレットはとてもセクシーな唇を舌で舐める。


 OKのサインだ。


「マーガレット」

「・・・エドモンド様」


 愛する妻を抱きかかえベッドに連れていく。服をぬがせて、精力剤を飲んでからマーガレットに覆いかぶさりコトをいたす。


 夫婦二人で夜の大運動会。


「まだだ、まだもってくれよ」

「あなた、頑張って、もっと頑張って」

「バカな!これ以上、もっとだと!」

「ガンバレ!ガンバレ!!あなた」

「まだ、頑張れと言うのか! クソォー」


 明け方頃についた運動会の結果は5本とも紅組の完全勝利。


 負けた。また、負けてしまった。


 私はドーピングをしても、マーガレットには勝てなかった。


 私は勝ち筋が見えていなかった。ただ、私はマーガレットの声に煽られ焦り、腰を強く振っただけで、何の策も無かった。


 しかしマーガレットは違った。私を煽り興奮させ、耐久力を奪った。強いだけの力を逃がし、いなし、自分の弱点をずらし、私を、強く、締めて絞った。


・・・完敗だ。



 翌朝、艶々でご機嫌なマーガレットが朝食を作ってくれた。ありがたいことだが体力を消耗して疲れ切っている今の私には量が多く重い。どれもこれも精力がつきそうな食材ばかりだ。    

 しかし、愛する妻が、早起きして作った料理を残す訳にはいかない。私はマーガレットに感謝してフォークを手に取った。




「バトラー、エイプリル、出るぞ」

「はい、旦那様」


 胃薬をこっそりと飲んでから自慢の馬車で、アキラを迎えに行く。馬車には新品の服も買って積んである。アキラは私が領主と知って驚くだろうか、どんな反応をするだろうか。


 非常に楽しみだ。



 今日から彼の新しい日が始まるだろう。


 私は痛む腰をトントンと叩きながら馬車の外を見た。


 窓から見える南向きの高い太陽が、私には、いつもよりも、明るく輝いている気がした。








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