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富豪の夢  作者:
二幕 過去
6/17

六話目です。

 私は運命に導かれて生きている。少なくとも、今まで、私が運命を感じなかったことはごくわずかだった。

 大きな転換点は三度起きた。それら全てが、私の預かり知れない奇跡で出来ている。

 一度目は、まだ私が中学一年生のころである。

 父が、仕事を辞めた。

 会社がつぶれたらしい。

 普通、会社とは潰れないものだろう、と私は思った。

 しかし、潰れたのだから仕方がない。父は、職を失った。

 そして、父は三日姿を眩ました。

 ――何処に行ってたの?

 三日の旅から帰ってきた父に、母が訊いた。彼女は酷く、疲れた顔をしていた。

 ――友人の家。

 父はぼそっと呟くように言った。父は、気が弱い人間だった。

 ――三日も?

 母はすぐに返す。普段の父への気遣いが薄れている、と私は思った。

 ――ああ。話を聞いて貰ってて。多くの人を回ったんだ。その、迷惑をかけた。

 父は深く頭を下げた。母が、少しだけ黙った後言った。

 ――帰って来たんならいいよ。でも、連絡は欲しかったね。仕事が無くなったのはあんたのせいじゃ無いんだからさ。別に私はあんたを責めるつもりは無いんだよ。一週間はゆっくりしてもいいから。仕事だけは、してほしいね。子供も居るんだし。

 母が、たぶん私の方を向いた。私はリビングの一つ隣の自室で眠ったふりをしていた。マンションだから、よく声は聞えた。

 ――仕事は、するよ。

 父が情けなく言う。母は、お願いね、と少し強めに言った。

 父は、その数日後から外出をするようになった。家に帰る時間も遅く、私は余り父と会わなくなる。新しい仕事をしているのだろう、と私は考えていた。

 父が転職しても、日常はそれほど変わら無かった。父と私はもとより余り喋らないほうであったから、父の帰宅が遅くなろうと、私にはそれほど関心がなかったのだ。そのため、私は父の新しい職を探ることすらしなかった。

 平穏な日常は淡々と続き――三か月が経った、冬休みのことである。私はその日、父の仕事を知ることになった。

 父が、仕事の人、と言って二人の男を家に上げた。

 その日は休日で、母は居なかった。私だけが居た。

 父は私に、彼らに茶とお菓子を出すよう命じた。父の声は、威厳が欠けていた。私は言われるがままに行った。二人の男はガタイがよく、面が怖く、顔に刺青を入れていた。父は二人を前に委縮していた。私は茶とお菓子を机に置いた後、逃げるようにリビングを出た。怖かった。彼らは誰だろう?私の知っている世界の住民だろうか?

 私は廊下に居ることも厭で、すぐに部屋に戻り布団を被った。

 しばらく沈黙が続いた。死ぬほど恐ろしい沈黙であった。

 ――お久しぶりですね。勇吉さん。

 と、最初に低く、鈍い声がした。父の声ではない。

 ――あの、その、まだ、私は…

 父が唐突に怯えたような声を出した。

 私は息を顰め、じっとする。

 ――用件はね…。

 別の男が静かに言った。

 ――ご勘弁を。お金は、その、まだ…。

 ――気が弱い男だ…借金の件は忘れろ。そもそも、大した額ではないだろ。

 ――用件は別にある。

 ――え?

 ――一つ、話を持ってきた。

 ――柴田陽介と言う男と接触しろ。

 ――場所と時間はこちらで用意する。

 ――えっと、その…。

 父が不安げな声を出す。

 ――心配は要らん。指示を出す。その通りに動けば、借金をチャラにしてやる。

 ――あ、え?ほんとですか?

 ――ああ。報酬もまた出そう。

 ――ち、ちなみに幾らで?

 ――百万だ。

 ――お…。

 ――受けるよな?

 ――も、もちろんです。受けます。

 ――では、また連絡を入れる。

 座席を立つ音が聞えた。玄関に向かうには私の部屋の前を通ることになる。私はいっそう、息を詰まらせ存在感を消した。

 ――勇吉。

 唐突に、父の名が呼ばれる。

 ――この任務だけは失敗するな。失敗すれば、借金どころではすませんぞ。

 そのセリフは、一層意思の強い言葉だった。周囲の空気が、まるで冷蔵庫を開けた時のように冷たくなる。

 私が微かに震えていると、分かりました、と父が神妙に返事をした。

 廊下を歩く足音が、どんどんと近づいてくる。男たちは、小声で話をしている。

 ――勇吉の息子は十三だ。頭も良いらしい。

 ――あ?…。ああ、アカネお嬢さんと同じ歳だ。それが?

 ――K高校に行かせるか?

 ――どちらが?

 ――二人とも。ない話ではないだろ?

 ――いや。まだ、決まった訳ではない。先走るな。勇吉の任務が先だ。まず奴が成功しないと、組長が認めない。

 玄関の扉が開く。男たちは外に出ただろうか?五分ほど、私はそのままでいた。

 ――ふぅ。

 父のため息が、異様に大きく聞こえた。

 ――もう出てきていいよ。

 ビクン、と身体が震えた。父の言葉だと理解するのに、二秒かかった。私は少し躊躇した後、震える手で、ゆっくりと扉を開けた。長い長い廊下の向こうで、父が、安らかに微笑んでいる。今の父には、優しい人間の面影があった。だが、私はその笑みがとても怖く思えた。まるで、爆弾を相手にしているような不信感。不安感。私は父を直視することが出来ず、ただただ、膨大な不安を胸に、父の後ろにある真っ白な壁を見つめていた。

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