五
五話目。
ウェイトレスの千晶さんが去り、数分して彼女はミートスパゲティとオムライスを運んできた。今度の彼女はすぐに去って行った。私はすぐミートスパゲティに手をつけた。彼はミルクティーを飲んでから、オムライスを一口分スプーンで口に運んだ。
「うん。美味しい。ここの喫茶店はいいですね」彼は咀嚼した後嬉しそうに言った。
「…社長だったんですね」私は彼の言葉を無視して訪ねた。
彼が社長であるという事実を私は余り驚いていない。彼ならなんにでも成れるだろうと思っていた。しかし、両親の企業を引き継いだのは、どこか意外に思った。彼ならもっと、海外の企業に進出してもおかしくないと私は彼の素質を認めていたのだ。
「ボンボンですよ…と言っても、貴方に謙遜する理由はありませんが」彼は蔑む笑みを作った。
「私は貴方がボンボンだとは思いませんよ。貴方はとても、気味が悪いほど理知的だ」私は嫌味を言った。
「…ええ。私は理知的です」
嫌味が通じなかった。
「さて…一つ愉快な話をしましょう」彼はサングラスを私に向け、スプーンを持つ手を止めた。「貴方も気になっている土沢アカネさんの現在についてです」
時が止まった、と思った。私は、いつの間にかミートスパゲティを絡めたフォークを空中で止めている。
「…どうしてその名を?」声が枯れていた。
「どうしてって、おかしなことを聞きますね。そりゃ、知ってますよ。由香の恋敵なんですから」彼は平然と答えた。
「アカネはもう俺を捨てたはずです」
「それは貴方の妄想だ。聞けば、貴方は彼女の命令で犯罪を犯したようですね。貴方はアカネさんとうちの由香、どちらを愛しているのですか?」
彼はにやにやと笑っている。
「…由香ですよ」三秒も言い淀んでしまった。
「迷いましたね。まあ、結構です。由香と貴方はもう縁を切ったのですから」彼はミルクティーを飲む為にコップを取る。
それから彼は「土沢アカネの現在。気になるでしょう?」と言った。
「…ええ」気にならないはずがない。
「彼女もまた、由香と同じくらい弱い人間です。あれは世間を知らな過ぎている」
「知ってますよ。それくらい…」
「彼女。今ね、私が管理・保護してるんですよ」
「は?」
「驚いたでしょ?金の力は偉大ですね。もう、暴力団排除条例が出て、六年ですか…」
「何が――あったんですか」
「自然淘汰ですよ。貴方だって、五年前、暴力団に居て危なくなったから逃げようとしたんでしょう?幹部の地位にいて経理を任されていた貴方の元にも麻薬が回って来て…」
「よく、ご存じですね」私は飽きれる。
「調べましたから」
「…それで、アカネを保護しているというのは?」
「…土沢アカネは暴力団から離れました。離脱ですね。それは貴方もご存じでしょう?なんたってそうなる様に仕向けたんですから。小さい暴力団でしたし、事件一つ起こせば、ダメージも大きい」
「ええ。まあ、それも予想でしたけどね。それで、どうしてアカネが貴方の元に?」
彼は笑みを浮かべながら答える。
「…五百万円の損害賠償。小さな暴力団にとって、これは痛い。裁判が終わると、アカネは暴力団を離れて、安いアパートで一人暮らしをすることになりました。これは、貴方達の計画通り、と言ったところでしょう。ですが、お嬢様のアカネに一人暮らしなどうまくいくはずがなかった。まず、一人での生活をしたことがないから、それに苦労します。ここら辺は、想像が容易いでしょう。アカネの父親――つまり、総長もアカネの生活を心配して秘密裏に――これは表向き、アカネと縁を切っている状態ですから、知られてはまずい。知っての通り、アカネは父親に愛されていますから――使用人となる人間を送ったのですが、アカネはそれをきっぱりと断ります。何度もです。私の判断では、きっとあなたを待っていたのでしょうね。貴方が戻るまでの五年間。最初は待てると思ってたのかもしれない。けど、彼女、数か月後にはストレスで倒れましてね、それ以降、父親が用意した小安と言う男がアカネの元を度々訪ねるようになりました。生死の確認です。電話だってあったでしょうね。仕舞いにはこっそりお金も振り込んでいたようです。そんな好待遇にあっても、アカネは転職を繰り返していたようですが――。まあ、そうやって助けを得て、アカネは暮らしていたのです。けど、そんな生活も長くは続かない。次第に暴力団としての経営もきつくなっていきます。もともとギリギリなところを頑張ってましたからね。これは仕方がない。アカネの支援も徐々に薄くなっていく。私はそこを突いて、小安と言う男を介し、総長に話をつけたんですよ。アカネさんの支援は私がしましょうって言ってね。今では、支援は私が行っていますよ。彼も物分かりが良い方でね、少し話せば納得してくれました」
「…金の力ですが。しかし、どうして貴方がアカネを保護するんですか?必要ないでしょう」
「貴方のためですよ」
「は?」
「…由香を失った貴方のため」彼は薄く笑う。「アカネに死なれちゃ、貴方、困るでしょう?」
一幕終了。




