わがまま夫人の断捨離
(とりあえず、朝食の準備が済むまでに出来るところまで片づけるわよ)
心の中でそう決意し、ヴィヴェカはクローゼットの中に入っていく。
ヴィヴェカは朝食の時間よりも二時間ほど前に起きる。それは、自分を着飾るためだ。
それすなわち、断捨離の時間はたっぷりあるということ。
「そもそも、もう着飾るのもばかばかしいものね」
そう呟いて、ヴィヴェカはクローゼットの中を見渡す。一面にしまい込まれた、ドレス、ドレス、ドレス。色合いは華美なものが多く、デザインも派手なものばかりだ。肌の露出が多いともいえる。
「さぁて、出来る限り売り払うわよ」
売り払えば、ある程度のお金は出来るはずだ。まぁ、きっとヘルベルガー侯爵家からすれば微々たる金額なのだろうが。
そんなことを思いつつ、ヴィヴェカはドレスを選別する。出来る限り地味な色合いで、デザインも落ち着いたものだけを残すつもりだ。胸元が大きく開いていたり、真っ赤なドレスは無理だとすぐに判別した。
前世平凡な会社員に、このドレスを着る勇気はない。
「ドレスの次は宝石やアクセサリーも整理しなくちゃね。……あぁ、やることいっぱいだわ」
そう呟きつつ、ヴィヴェカは一着のドレスを手に取る。落ち着いたデザインの、紫色のドレスだった。
「……これ、多分旦那様がくださったものだわ」
ふと、思い出す。
ヴィヴェカとリステアードが婚姻する前、リステアードは度々ヴィヴェカに贈り物をしてくれていた。だが、ヴィヴェカは気にも留めなかった。元々七つも年の離れた婚約者のことを、よく思っていなかったというのも関係している。
「……なんだか、悪いことをしている気になってしまうわ」
少なくともリステアードはやはりヴィヴェカを愛してくれているらしい。その気持ちに応えず、ヴィヴェカは癇癪ばかり起こしてきた。……こんな癇癪持ちの女を愛してくれる男性を、無下にしていた。
「私は、今後は旦那様を孤独にはしないわ。早くに死んじゃうのもごめんだし」
きっと、ヴィヴェカが死ななければリステアードは闇落ちしないだろう。ついでに言えば、孤独にもしなければいい。
とにかく――構いまくればいい。
「今までは恨みばかり買ってきた。ヘルベルガー侯爵家の品を落とし、旦那様にまで迷惑をかけてきたし」
ヴィヴェカは知っていた。リステアードが社交界でモテているということを。美人に言い寄られ、第二夫人という立場を狙っている女性が多かったことも、知っていた。
が、リステアードはどんな美人の誘惑にも靡かなかった。それはひとえに――ヴィヴェカを愛していたからなのだ。
――ヴィヴェカ自身は、ちっとも愛に応えてくれないというのに。
(そう考えたら、旦那様って割と健気じゃない?)
なんとなく、彼が不憫である以上に可愛らしいと思ってしまった。
だからこそ、ヴィヴェカは手に取ったドレスを持っておくことにした。
もしも、もしもの話だ。このドレスを着てリステアードと社交の場に参加することが出来たら――彼を、孤独から少しでも救うことが出来るのではないだろうか?
「一人きりは、寂しいものね」
ヴィヴェカの口からは、自然とそんな言葉が零れていた。
それから一時間ほど経った頃だろうか。部屋の扉が開いたのがわかった。
なので、そちらにヴィヴェカが視線を向ければ――そこには唖然とするオルガがいた。
「お、奥様!?」
クローゼットからドレスを引っ張り出し、にらめっこをしていたヴィヴェカに、オルガが戸惑いの声を上げる。
「あら、おかえりなさい。予定はすべてキャンセルできたの?」
「え、えぇ、まぁ……」
かなりの人数の商人との予定が詰まっていたので、キャンセルはすぐには終わらないだろうとにらんでいた。けれど、ヴィヴェカの予定していた時間よりはずっと早い。
「さすが、出来る侍女は違うわね」
オルガは侍女頭なのだから、こんなことほかの侍女にやらせればいいのに。
彼女が自らキャンセルしたということは、それほどまでに彼女が真面目であるという証拠なのだろう。
「それに、ちょうどよかったわ。そちらのドレスを、運んでくれないかしら?」
なんてことない風にそう指示をすれば、オルガが怪訝そうな声を上げる。
そのため、ヴィヴェカは彼女の方に身体を向けた。
「そのドレス、全部売り払っちゃおうと思うのよ」
「……え、えぇ⁉」
普段では聞けないようなオルガの驚いた声が、ヴィヴェカの耳に届いた。
だけど、それを無視してヴィヴェカはほかのドレスの選別を続ける。
「お、奥様、正気でございますか!?」
「えぇ、私は正気よ」
淡々とそう言葉を返しつつ、ヴィヴェカは立ち上がる。
とりあえず、朝の断捨離はこれくらいでいいだろう。
(私も、一緒に運ばなくちゃ)
心の中でそう呟き、ヴィヴェカはドレスを持つ。そうすれば、オルガが慌てふためいていた。
「あの、お部屋を出られるのですか……?」
「そうよ」
どうしてそんなことを問いかけるのだ。
心の中でヴィヴェカがそう思っていれば、オルガは額を押さえてしまった。これは、彼女が呆れているときの仕草だ。
「ナイトドレスのまま、寝室の外に出ないでくださいませ」
そして彼女は、そんなことを言ってきた。
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