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わがまま夫人と旦那様

 それからしばらくして、部屋の扉がノックされた。


 なので、ヴィヴェカは静かに返事をする。すると、部屋の扉がゆっくりと開いた。


 そして、顔を見せたのは……何処となく精悍な顔立ちをした、美丈夫だった。彼は美しい男性というよりは、凛々しいという言葉のほうが似合いそうだ。その鋭い紫色の目は、なにもかもを見透かしてしまいそうなほどの迫力がある。


(……旦那様、こんなにも凛々しいお顔をされていたのね)


 こんなことを言ってはなんだが、ヴィヴェカはまっすぐに夫リステアードを見つめたことがなかった。


 憎々しい、年上の男性。父が勝手に決めてきた結婚相手。


 そう思い続け、彼と真正面から向き合おうとも、見つめ合おうともしなかった。この二年、ずっと。


「……ヴィヴェカ」


 リステアードがヴィヴェカの名前を呼ぶ。低くて心地のいい声だ。


 けれど、この声で名前を呼ばれるのが、今までのヴィヴェカはとても苦手だった。


 その所為で、いつも目を逸らし、彼の声を聞かないようにしていた。でも、それも……もう、終わりだ。


「どうなさいました、旦那様?」


 胸に手を当てて、出来る限りにこやかに見える笑みを浮かべ、ヴィヴェカはリステアードの言葉にそう返事をした。


 瞬間、彼の鋭い紫色の目が驚いたように見開かれる。その姿は、何処となくあどけなさが残っているようであり、大層魅力的だ。


「……いや」


 しかし、彼はそれだけを言うと、口を閉ざした。かと思えば、ヴィヴェカの部屋に足を踏み入れ、寝台のほうに近づいてくる。


 その姿を見つめつつ、ヴィヴェカは寝台から下りようとした。が、それをほかでもないリステアードが止める。


「ヴィヴェカは、怪我人だ。わざわざ立ち上がる必要はない」


 淡々とそう言われるが、その言葉の節々には優しさのようなものがこもっているような気がした。


 ……何故、今までそれに気が付けなかったのだろうか。


(っていうか、このお顔、何処かで見たことがあるような……?)


 そりゃあ、自分の夫なのだから、顔を見たことは何度だってある。真正面から見つめてはいないが、ちらりと横目で見つめたことはたくさんあった。


 だけど、そうじゃない。……そう、これよりももっと未来のリステアードの姿を、もっと昔に見たことがあるような気がしたのだ。


「ヴィヴェカ。階段から、落ちたそうだな」


 けれど、彼はそんなヴィヴェカの疑問など知らないからこそ、そう言葉をかけてくる。


 その言葉を聞いて、ヴィヴェカはハッとしてこくんと首を縦に振った。……一応、話を合わせる必要がある。


「えぇ、ですが、全部私の責任です。……ちょっと、足を滑らせてしまいました」


 肩をすくめながら、そう告げる。そうすれば、彼の目がまた大きく見開かれた。


 そりゃそうだ。今までのヴィヴェカならば、なんでもかんでも人の所為。自分が悪いと認めることは、一切なかったのだから。


「そ、そうか。……では、なにか欲しいものはあるか?」


 こほんと一度だけ咳ばらいをして、リステアードがそう問いかけてくる。……欲しいもの。


(この場合、ドレスとか宝石とか、そういうものを表しているのよね。だって、今までの私ならば間違いなくそう言っていたもの)


 風邪をひいたとき、けがをしたとき。ヴィヴェカは夫に会おうともしなかったのに、何故かドレスや宝石を強請っていた。


 きっと、彼もそれを待っているのだ。……風邪をひいたのならば、もっと別のものを強請るだろうに。


「いえ、特にはありません」


 きっぱりと、ヴィヴェカはそう言い切った。そうすれば、リステアードが目をぱちぱちと瞬かせる。


 意外過ぎると、言いたいのか。……まぁ、当然だろうが。


「じゃあ、その、だな……」


 彼が口をもごもごと動かす。……なんだろうか。彼は、もしかして――ヴィヴェカとのかかわり方に、悩んでいるのだろうか?


(って、結婚して二年も経っているのに、それはないわよね。このわがまま妻の扱いに悩んでいるだけだわ)


 でも、そう思いなおしてヴィヴェカはうんうんと一人で納得した。


 そのときだった。


『俺は、あんな妻でも本気で愛していたんだ』


 脳内に、そんなセリフが浮かんできた。それは、間違いなくリステアードが発したセリフ……のように、思える。


(……え?)


『だから、この理不尽な世の中を一度壊す。……周囲がなんと言おうが、構わない。そもそも、今も昔も俺はずっと孤独だ』


 また、セリフが頭の中に蘇ってくる。……なんなのだろうか、これは。


(ちょっと待って! これ、リステアード・ヘルベルガーのセリフじゃない……!)


 ハッとして、リステアードを見つめる。彼が、なにかを言ったのだろうか? いや、違う。


(ここ、もしかして――ライトノベルの世界なんじゃあ……!)


 そうだ。リステアード・ヘルベルガーも。ヴィヴェカ・ヘルベルガーも。


 知っているはずだ。


 だって、ここは――ヴィヴェカの前世、美陽が読んでいたライトノベルの世界なのだから――……。

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