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わがまま夫人の行いは

 そう言ったヴィヴェカがあまりにも真剣な眼差しをしていたからだろうか。


 先に折れたのはリステアードだった。


 彼は「ふぅ」と息を吐いた後、ヴィヴェカをまっすぐに見つめてくる。その目には強い意思が宿っている。


「ヴィヴェカ」

「……はい」


 はっきりと名前を呼ばれ、ヴィヴェカが返事をする。そうすれば、リステアードはこほんと一度だけ咳ばらいをした。


「先ほど聞いたのだが、俺と食事を共にしたいとは、本当か……?」


 ……どうやら、その話は彼に聞こえていたらしい。


 ならば、話が早くて助かる。一々説明する手間が省けるのだから。


「はい、本当でございます。今後は、旦那様とお食事を共にしたいと思います」


 しっかりと彼の目を見てそう告げると、リステアードが困ったように眉を下げた。


 ……もしかして、無理なのだろうか?


「無理、でございますか?」


 小首をかしげてそう問いかければ、彼が視線を彷徨わせる。先ほどまで強い意思が宿っていたその目は、今は弱々しい。


「生憎と言っていいのか、俺は他人と食事を共にするのが……その、苦手なんだ」


 それはきっと、リステアードなりの断りの言葉だったのだろう。けれど、ヴィヴェカは思う。


 ――自分たちは他人ではなく夫婦なのだと。


「旦那様」

「……あぁ」

「私は、旦那様にとって所詮他人でしょうか?」


 意地の悪い問いかけだとわかっていた。だけど、言いたかった。


 確かに、今までのヴィヴェカの行いを見ていれば、他人になりたいという気持ちは否定しない。いくら彼がヴィヴェカを愛していたと言っても、それとこれは話が別だ。


「……今までの私の行いを見ると、他人でいたいというお気持ちはお察しします」

「それ、は……」


 リステアードが狼狽える。どうやら、それは少し違うらしい。……本当に、何処までも女の趣味が悪い人だと思った。


「ですが、どうか、どうかお願いいたします。……私は、旦那様との関係を改善しとうございます」


 そう告げて、ヴィヴェカは深々と頭を下げた。


 リステアードはそれに驚いたらしい、息を飲んでいた。側に居るオルガも、「まぁ」と声を上げている。


 そりゃそうだ。今までのヴィヴェカならば、頭を下げることはなかったのだから。


「どうか、どうかっ……!」


 そう言ったヴィヴェカの声は、震えている。


(どうか、納得してくださいっ……! 会話なんて望んでませんからっ……!)


 これはリステアードのためにも、ヴィヴェカのためにも必要なことなのだ。


 この世界がライトノベルの世界である以上、あの結末がほんの少しでも可能性がある以上。ヴィヴェカには確かな役割がある。


 そう。リステアードを、闇落ちさせないということだ。


(そう思えば、あの階段から転落したのも、必要なことだったのかもしれないわ)


 ヴィヴェカがぎゅっと手のひらを握る。


 それから一分、三分、五分ほど経った頃だろうか。


 ヴィヴェカの手が汗ばんできたとき、声を上げたのはリステアードでもヴィヴェカでもなく。オルガだった。


「旦那様」


 彼女は凛とした声で、リステアードに声をかける。


 それに驚いてヴィヴェカが彼女を見つめれば、彼女はただまっすぐにリステアードを見つめていた。


「……私は、奥様のことを毛嫌いしておりました」


 オルガがはっきりと、自分の気持ちを口にする。


 感じていたこととはいえ、実際に言われると胸にグサッとした痛みが襲ってくるような気がした。


「奥様は傲慢で、贅沢好きで、わがままで。旦那様のことを、毛嫌いしていらっしゃいましたから」


 でも、さすがにそこまで言葉を並べなくてもいいだろう。


 一瞬そう思ったが、それは間違いなく今までのヴィヴェカ・ヘルベルガーなのだ。


 ……嘘でもなければ、空想でもない。確かに、そこに存在した人物の行い。


「いつかこのヘルベルガー侯爵家を食いつぶすのではないかと、思っておりました」


 淡々とオルガがそんな言葉を紡ぐ。もう、ヴィヴェカの心はナイフで切り刻まれていたようなものだった。


 涙がじんわりと溢れだすが、これもそれもすべて過去のヴィヴェカが悪い。そうだ、そうなのだから――泣く権利など、ヴィヴェカにはない。


「そして、それをわかっていてなお、離縁を渋る旦那様にも、失望しておりました」


 どうやら、オルガは相当ヴィヴェカを嫌っていたようだ。ついでにいえば、そんな彼女を放置するリステアードにも、愛想を尽かし始めていたらしい。


 ……なんという風評被害。


「……オルガ」


 リステアードがオルガのことを呼ぶ。俯いている所為で、ヴィヴェカには二人の表情が見えない。


 ただ、彼らの会話に耳を傾けることしか出来ない。


「ですが、旦那様。……奥様は、確かに変わろうとされているのかと、思います」


 でも、次に続けられたオルガの言葉を聞くと――ヴィヴェカは、ハッと顔を上げてしまう。


 慌ててオルガに視線を向ければ、彼女の目はしっかりとしていた。どうやら、嘘をついている様子はない。

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