99 試験の秋
わたくしが妃宮を訪れてから数週間が経った。
通常より時期の遅い雨乞いの舞が終わってからというもの、冬宮は夕方になるとピリピリとした雰囲気に包まれていた。女官になるための試験と上級女官になるための試験を受ける人数が多いからだ。
女官を目指す宮女たちは蘭蘭と麗麗の教えの元、試験に向けた学習を行い、その蘭蘭と麗麗は平行して上級試験の勉強をこなしていた。美玲も上級試験の勉強の傍らで蘭蘭や麗麗、その他宮女の取り纏めに加え、新米宮女たちの面倒を見てくれていた。
新米宮女たちが宮仕えの仕事に慣れてきたとはいえ、教育係を兼任している彼女たちの負担は計り知れない。
夕方になると試験を受ける者たちには勉強時間を与えていたが、それだけではそろそろ限界そうだ。そこで美玲と蘭蘭、麗麗の3人には特別に昼から学習時間を与えた。
「昼に学習をして、夜はしっかり睡眠を取るのよ」
わたくしが彼女たちにそう告げたのは、女官の仕事に支障が出始めていたからだった。
美玲は密かにあくびをすることが多くなったし、蘭蘭は控えている間にこくり、こくり……と頭が船を漕ぐことが多くなった。麗麗もぼーっとしていたのか、お茶を入れていて器から溢れていても気付かないなど、ミスをすることが増えている。
わたくしも彼女たちがどこかぼんやりしていることには気付いていた。だけど、鈴莉や明霞からの報告でその詳細を知ることになったのだ。
最初は「申し訳ございません! どうかお許しを!」「もう失敗致しませんので、雪花様のお側で遣えさせて下さい!!」と3人は願い出た。
「わたくしは貴女たちを怒っていっているのではないのよ。ただ試験に集中して欲しいの」
諭すように説明して、3人には昼から学習に取り組んで貰った。
そして時は流れ、いよいよ試験日当日。普段より静かな冬宮でわたくしは試験に出た女官や宮女たちの帰りを待っていた。
落ち着くために刺繍を始めてみたものの、何針か進めては気になって手が止まってしまう。そうして、ついつい部屋の扉をちらりと見る。
「雪花様、美玲たちはまだ帰ってきません」
見かねた鈴莉のため息混じりの声が聞こえてくる。
「わ、分かっているわ。でも気になってしまって」
「合格発表までは更に一週間あります。今からそれでは、ずっと落ち着けませんよ」
わたくしの答えに鈴莉は淡々と言ってみせた。
「そう言う鈴莉さんも先ほどから視線が雪花様と扉を行ったり来たりしていますけれどね」
天祐様が指摘すると、鈴莉が「う」と言葉を詰まらせる。言葉とは裏腹に鈴莉も気になっていたのねと、気付かされた。
「わっ、私のは雪花様の視線が気になってしまうからですっ!」
「はいはい。そういうことにしておきましょう」
クスクスと笑う天祐様。それに対して鈴莉は納得していないのか、むぅっとした視線を向けている。
「それにしても、何故雪花様がそれほどまで試験を気にされるのです?」
梓豪様が不思議そうに尋ねてくる。
「それは勿論、わたくしの女官と宮女が頑張っているからよ」
「それは分かりますが、私には必要以上に気にしているように見えます」
それを聞いて、鈴莉がわたくしの変わりに説明を始めた。
「梓豪様が冬宮にいらっしゃる前の話ですが、冬宮は最初、少数精鋭で管理していました。しかし、煌月殿下の勧めもあって冬宮の宮女を増やすこにしたのです。そこで雪花様は希望者に女官になる為の試験を受けられるように取り計らわれました。結果、女官希望者が多くなったわけです。そして、この試験の結果によっては冬宮が東宮の中で一番女官の多い宮になるかもしれないのです」
「なるほど。それで?」
梓豪様の更なる問いかけに、鈴莉が答えようとすると、天祐様が食い気味に反応した。
「つまり、女官試験や上級試験の合格者が多ければ多いほど、冬宮に遣える者たちは優秀だと評価されるんですよ、この脳筋」
最後にとんでもない一言が付け足された。それに対して「は? 脳筋だと!? 雪花様の前でやめろ!!」と梓豪様が抗議する。
本当にこの2人は仲が良いのやら悪いのやら。わたくしを含め、その場にいた女官や宮女たちが2人のやり取りに笑みを溢した。
それから数時間後、試験から戻ってきた宮女たちの表情は人それぞれだった。やりきったとスッキリした顔の者、駄目かもしれないと不安げな者、安心は出来ないが、緊張感から解放された表情の者など、様々だった。
上級試験を受けた美玲は落ち着いた様子で戻ってきたので、彼女は問題なさそうだ。だけど、蘭蘭と麗麗はというと、落ち込む蘭蘭と「もう、なるようにしかなりません!」と、不安はありつつも逆にポジティブな麗麗とに分かれていた。
どうか、この中から多くの合格者が出ますように。
わたくしは心からそう願った。
*****
数日後、試験の結果が発表された。冬宮からはおよそ30名が女官試験を受け、そのうち合格者は9名。雹華、明霞、若汐などが合格した。そして、上級試験には美玲が見事合格した。
女官試験を受けた宮女の殆どが、最初は読み書きが全く出来ない状態だった。それが三分の一も合格者を出したのだ。好成績を残したと言っても過言ではない。
後から伝え聞いた話では、冬宮の宮女で不合格となった者の中には合格まであと一歩だった宮女も多かったそうだ。
きっと、明明はその中の一人の筈だ。彼女は合格発表の時、「せっかく雪花様のご厚意で蘭蘭様や麗麗様に教えていただいたのに。……申し訳ございません」と泣いていた。その蘭蘭と麗麗も上級試験不合格を受けて、目の端に涙を浮かべていた。
そうやって不合格で落ち込む彼女たちにわたくしは言葉を掛けた。
「わたくしはみなが懸命に勉強していたことを知っているわ。次の機会もあるのだから、気にしないで。努力を続ければきっと合格出来ます」
試験は年に二回、春にも行われる。「また頑張りましょう」と励ましの言葉で締めくくった。