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97 雨乞いの舞

 皇后陛下以外のお妃、並びに公主様や皇子様方が会場に揃うと、数分遅れて皇帝陛下が入場された。


 皇后陛下が不在のため、本来は皇后陛下の席である皇帝陛下の隣には煌月殿下のご生母である皇貴妃様がいらしている。

 その反対側の隣の席には雪欄様の姿があった。雪欄様は臨月を迎えていて、お腹の子はいつ生まれてもおかしくない。そんな雪欄様を皇帝陛下は気遣っているようで、儀式中何度か視線を向けていらした。


 わたくしたちお妃候補は用意されていた舞台の中央に立ち並ぶ。

 最後の合同稽古は中止となってしまったけれど、雨乞いの舞の開催が危ぶまれていた期間もわたくしたちは自主的に稽古に励んだ。4人のお妃候補が冬宮に集まって稽古していたので、実質は例年より多めに合同稽古の時間か取れていたと言える。


 そのためか、舞台の上でわたくしは他のお妃候補の皆さまと心が一つになっているような気がしていた。

 香麗様にはいつも良くしていただいているし、万姫様とも最近の仲は良好だ。梨紅様はわたくしたちと少々一線を引いている節があるけれど、一緒に稽古した時間が自然とそう思わせてくれたのでしょう。


 曲の演奏が始まると、わたくしたちは息を合わせて動き出す。

 稽古を始めたばかりの頃はミスが多かった香麗様も今では優雅な動きが出来ている。雨乞いのは基本的に全員が同じ動きで舞うが、僅かに設けられた自由な動きで舞える見せ場では、それぞれに歓声が上がった。


 わたくしも華やかな動きになるよう頑張った。けれど、それでも梨紅様の方が大きな歓声をもらっていた気がして、少し悔しい気持ちになる。だけど、大好きな舞をこうして舞うことが出来て、後宮で行われる大切な儀式であることやお妃候補として比べられていることも忘れる程に、わたくしは雨乞いの舞を楽しんでいた。


 演奏が鳴りやんで舞が終わると、皇帝陛下からのお言葉がある。わたくしたちは舞を舞始めた時と同様に、一列に並んでそのお言葉に耳を傾ける。


「今年の舞はみな素晴らしく、動きも揃っており、甲乙付けがたいものであった。だが、その中でも一際美しく舞っていた者を発表する」


 辺りがざわつく。お妃候補は常に評価されている。だからこの雨乞いの舞もお妃候補として、重要な行事には違いなかった。


 だけど、皇帝陛下からこのような形で講評が直接あるなんて、聞いていないわ。


 雨乞いの舞で皇帝陛下からのお言葉で称賛を受けるということは、お妃候補として正妃の座に一歩近付くことを意味するようなものだ。陛下のお言葉をわたくしたちは緊張しながら待つ。


「梨紅、そなたの舞は実に素晴らしかった」

「っ!!」


 梨紅様が選ばれた。その事実にわたくしは悔しさで唇をきゅっと引き結ぶ。


 皇帝陛下はやはり梨紅様の舞に目を奪われたということでしょう。それ程、梨紅様の舞が素晴らしく見えたのだわ。


「とても嬉しゅうございます。皇帝陛下」


 梨紅様が優雅な動きで一礼する。舞が好きなわたくしにとってそれは何となく感じていた“負け”を突きつけられたようで、きゅっと胸が締め付けられた。


 雨乞いの舞は最後に参加者全員で祈りを捧げて終了した。その後は、ささやかな宴が用意されていて、移動したわたくしたちはそれぞれの席に腰を下ろす。



「緊張しましたけれど、無事終えることが出来てホッといたしましたわ」


 香麗様が安心したように呟くと、彼女の隣に座る万姫様が声を上げる。


「香麗様、安心している場合ではありませんわ! 梨紅様が皇帝陛下に称賛されましたのよ!?」


「それは……」と言葉を詰まらせる香麗様に万姫様は言葉を続ける。


「それに宴の席順がいつもと違いますわ!」


 万姫様の言う通りだった。

 今回の宴の席は皇帝陛下の隣に煌月殿下、そしてその隣には皇帝陛下から舞を称賛された梨紅様が並んでいる。次にわたくしが座って、その隣に香麗様、そして最後に万姫様という順で並んでいる。

 普段とは違う並び。恐らく、これには雨乞いの舞の評価が反映されていると、声に出さずともわたくしたちは考えていた。


「しかも、わたくしが一番端の席だなんて……!」


 万姫様がぎゅっと拳を作って、強く握りしめる。うつむく彼女の背中を隣に座る香麗様がそっと撫でた。


「……と言っても、わたくしは問題を起こした立場ですから、文句は言えませんわね」


 夏家出身の万姫様にとって、この席順はかなり屈辱に違いない。わたくしだって、大好きな舞で梨紅様に負けたことが悔しくて堪らなかった。


「わたくしも、大好きな舞で梨紅様の方が評価されたこと、とても悔しいですわ」


 そう呟いて、わたくしは梨紅様の方へ視線を向ける。彼女は皇帝陛下に声をかけられて、楽しそうに会話を弾ませていた。「甲乙付けがたいものだが、梨紅の舞が一番良かったぞ」と褒める陛下の声。わたくしは思わず、きゅっと手を握りしめる。


 その時、煌月殿下がこちらを向いて目があった。瞬間、殿下が微笑みを見せたのでドキッとする。


 気のせいかしら? と思っていると、尚も梨紅様を褒める皇帝陛下に煌月殿下が口を開いた。


「雨乞いの舞は4人とも素晴らしかった。それぞれ個性があって良かったと思っています」


 そのお言葉に、わたくしを含めて香麗様と万姫様もどこか救われた気持ちになった。


「そもそも本来、雨乞いの舞で優劣を付けるものではないと思います。ですが、私は雪花の舞が柔らかく優雅さがあって良かったと思います」

「っ!?」


 煌月殿下がわたくしの舞を褒めて下さった。そのことがわたくしは嬉しかった。


「煌月殿下が雪花様を褒められたわ」

「皇帝陛下は梨紅様を称賛されたけれど、正妃を迎えるのは煌月殿下ご自身……」

「ということは梨紅様ではなく、雪花様が正妃の座に一歩近づいたということ?」


 女官や宮女たちがヒソヒソとそんな会話を行っていたことを、わたくしたちは知らない。

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