96 調査の行方
わたくしと話をした数日後。煌月殿下は次に開かれた会議で保留にしていた万姫様の処遇を発表された。
あの日の夜に話した通り、“これ以上の対応は必要なし”ということで、皇帝陛下も納得され、万姫様への追及は終わりを告げた。
比べて、皇后陛下への聞き取りは難航しており、彼女は何も話していないそうだ。皇后宮の女官たちも今のところ固く口を閉ざしているという。
王宮の使者から簡単に皇后が北の離れに軟禁されたと知らされた夏家は『皇后陛下がそのようなことをなさる筈がない! 北の離れへの軟禁は不当だ!!』と、頻繁に使者を寄越しているらしい。
皇后陛下の疑いが晴れず、進展もないため雨乞いの舞の合同稽古は中止となった。雨乞いの舞自体もまだ日取りが確定していない状況だ。
それでも、わたくしはいつ開催されてもいいように、毎日一度は稽古を行った。そして、それを聞き付けて冬宮を訪ねていらした香麗様と万姫様ともご一緒に稽古する日々を送っていた。
万姫様の処遇が発表されてから初めて彼女と顔を合わせた時、わたくしは彼女に疑いが晴れたことへのお祝いを伝えた。
万姫様にはツンとしたお顔で「雪花様ったら、どこまでもお人好しですわね」と言われてしまった。けれど、万姫様が万姫様らしくいられるのなら、それも悪くないですわね。
そう思いながら、わたくしは密かに微笑んだのだった。
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「雪花様? 流石にわたくしも仲間に入れてもらえますやろか?」
香麗様たちと雨乞いの舞いの稽古を始めて三日目。3人での稽古中に、ついに梨紅様が冬宮を訪ねてこられた。
「ようやく梨紅様も舞のお稽古をご一緒にする気になってくださったのですね!」
嬉しそうに声を弾ませる香麗様に「いいえ。ちゃいます」と梨紅様。
「皆さんだけで稽古中にお喋りしてはる時に、今後の後宮での暮らしを左右する話題が上っても、わたくしだけ知らへんのは不公平や思いまして」
「つまり、梨紅様は舞の稽古の為にいらした訳ではないということですの?」
万姫様が問いかけると、「ふふっ」と梨紅様が扇子で口元を隠しながら笑う。
「えぇ。わたくしはもう十分出来てますさかい、皆さんのように毎日一生懸命根気を詰める必要はあらしまへん、と思てます」
優雅に、だけど自信満々にそう告げた梨紅様。彼女の発言に万姫様がムッとする。それはわたくしと香麗様も同じだった。
「梨紅様ったら随分と余裕そうですわね。ではその自信、わたくしたちがへし折って差し上げますわ」
万姫様が梨紅様に告げる。相談もなくわたくしと香麗様も一纏めにされたけれど、珍しくわたくしたちの気持ちは一致していた。
「まぁ。そこまで言われてしもたら、受けて立つしかあらしませんなぁ」
「ふふっ」と笑い合う両者は和気あいあいというより、バチバチと火花を散らしている。
こうして久しぶりに4人揃って、雨乞いの舞の稽古を行った。
わたくし達が自主的に稽古を続けている間も北の離れでは、皇后陛下の軟禁と取り調べが行われた。けれど、彼女は何も話さないという。
何も進展がないため、暫くすると皇后陛下付きの女官から情報を聞き出すことに重きを置いて調査は進められた。
東宮襲撃の件については、首謀者として名前が上がっていた煌雷殿下に対して確たる証拠は見つからなかった。
証拠が不十分であることや、煌雷殿下が否定されていることで調査は難航した。
だが、誰もお咎めなしというわけにはいかない。誰かが責めを負うことになるのだ。そして、それは煌雷殿下の従者が余所者が紛れ込むのを赦してしまったとして、煌雷殿下の側近が処刑されて決着となった。その事をわたくしは煌月殿下から知らされた。
こうして東宮襲撃から長かったような、短かったような期間で煌雷殿下の調査は終了となった。煌雷殿下は満足げに王宮を後にしたという。
依然皇后陛下は何も語らぬままだったけれど、襲撃事件の幕引きにより、王宮内での脅威は去ったとの見解が下された。
それにより、皇后陛下不在の中で雨乞いの舞が行われることが決定した。
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雨乞いの舞当日。湯浴みで念入りに磨き上げられたわたくしの身体に華やかな衣が重ねられていく。軽い素材の生地で仕立てられた衣は舞の動きにあわせて普段より裾が舞い上がりやすいようになっていた。
明霞を始めとする宮女たちの手によって髪が纏められて、そこを簪で飾ったあと、夏の宴で煌月殿下から戴いた耳飾りが付けられる。
キラリと耳元で輝く青の宝石の耳飾り。それは戴いた翌日から衣に合わせてではあるが、普段から身に付けている。だけど衣装が代わるとまた違った印象に見えた。
準備が整ったわたくしは鈴莉や天祐様、梓豪様を引き連れて会場へ向かう。
今日のために整えられた会場には既に賓の位を与えられた妃とその皇子や公主が集まり始めていた。
「雪花様、遅かったですわね」
そんな声がして振り向くと万姫様の姿がある。
「万姫様! 先に到着されていたのですか?」
数ヵ月前の万姫様ならあり得ない出来事に、わたくしは驚きながら尋ねる。
「た、たまたま早く準備が終わって暇を持て余していたから、先に来ただけですわ」
フイッと恥ずかしそうに顔をそらす万姫様。やはり以前までとは違う彼女にわたくしは嬉しくなる。
薬膳茶に仕込まれていた薬物の効果が時間と共に抜けて、今は本来の姿を取り戻されているのだと実感しますわね。
「照れていらっしゃるのですか?」
「照れていませんわ!」
万姫様の少しムキになった言い方に、やはり照れていらっしゃるのだわと確信して、わたくしは「ふふふっ」と微笑む。
「わたくし、万姫様ともっと仲良くしたいですわ」
「なっ!? 仮にもわたくしたちはお妃候補同士ですのよ!?」
「それでも、最近の万姫様と過ごす時間は心地よいですから」
わたくしがそう返すと「雪花様は本当にお人好しですわね!」と少しお顔を赤くした万姫様は再び口にしたのだった。