91 雪花と煌月 & 煌運の後悔
「煌月殿下。何故、煌雷殿下を挑発されるような事を仰ったのですか?」
煌雷殿下が冬宮を去ったあと、わたくしは煌月殿下と向かい合って座っていた。
北部名産の菓子を用意して戻って来た美玲は、短時間の間に煌雷殿下が居なくなり、煌月殿下が入らしていたことに驚きながらも、しっかり給仕をこなしてくれた。
「そなたから叔父上を引き離す為に決まっている」
「ですが宜しかったのですか? 昨日もそうでしたが、煌雷殿下のご機嫌を態々損ねてしまって……」
以前、煌月殿下の初陣のお話をお聞きした時の様子だと、煌月殿下と煌雷殿下は戦での戦い方やその後の対処で大きく考え方が異なっているようだった。それに、見ている限りだとお二人は仲が良いとは思えない。
関係性が更に拗れてしまうのではないかしら? と、心配になって尋ねると「構わない」と煌月殿下が頷く。
「叔父上は父上と皇帝の座を争ったぐらいだ。昔から強かに玉座を狙っているのだ。遠慮すれば私も父上も立場を追われかねない」
「そう、でしたか。……それもそうですわよね」
煌雷殿下と言えば野心家。そんな煌雷殿下だから今も好きあらばと、虎視眈々と皇帝の座を狙っているのかもしれませんわ。
「ここへ来る前に万姫に会ってきたのだが、叔父上は今回の件を利用して皇帝の座を奪うつもりだったようだ」
「えっ?」
「本人は認めないだろうが、万姫に“未来の皇帝になる”と言ったそうだ。恐らく、計画通り我々を殺したあと父上のことも殺すつもりだったのだろう」
「っ!!」
サァッと血の気が引く。
わたくしはそんな方と先程までお茶をしようとしていましたのね。
「怖がらせてしまってすまない」
わたくしの青くなった顔に気付いた殿下がすかさず謝る。
「いえ。……これくらい慣れなくてはいけませんから、大丈夫です」
この程度で滅入っていたら、煌雷殿下に「国へ帰れ」と鼻で笑われてしまうわ。
「雪花、今回の件はもう少しで決着が付く予定だ。それまで少し待っていてくれ」
「決着ですか?」
「あぁ、完全にとはいかないかもしれないがな」
スッと煌月殿下が立ち上がる。
「もう戻られますか?」
「あぁ。そなたの無事も確認したことだしな」
わたくしの前まで来た煌月殿下がそっとわたくしの手に触れる。
「叔父上のことも万姫のことも、丸く収めてくるよ」
わたくしを安心させるように微笑むと、煌月殿下は公務へと戻っていった。
*****
「母上っ!! どういうつもりですか!? 雪花様を襲うなんて!!」
人払いがなされた皇后宮。そこでお茶を飲みながら寛いでいた母上を私は問い詰める。
「落ち着きなさい、煌運」
「落ち着けるわけがありません! 母上が仰ったんですよ!! 雪花様を手に入れるためには、私が皇太子になって雪花様を私のお妃候補にすればいいと!! そして、皇帝になったら后妃の一人として“妃”の地位を与えればよいと!!」
「えぇ。確かに言ったわ」
落ち着いた声で頷く母上。そんな母上に私は更に声を大きくして問い詰める。
「だったら!! 何故!?」
「わたくしはただ邪魔者を消すように頼んだまで。それを煌雷が勝手に雪花まで襲っただけのこと。結果、雪花は無事だったのだから良いではありませんか」
何でもないことのように、母上は先程から優雅にお茶を啜っている。
「でも、せっかく刺客を差し向けてもらったのに、煌月どころか万姫すら消せ無かったのは想定外だったわね」
「っ!?」
呟いた母上の表情は人を殺める話をしているのに、まるで何も感じていない様子で私は背筋がゾクリとした。
「母上は兄上たちを殺すおつもりだったのですか!? 何故です? 母上は兄上に皇太子を降りてもらうように仕向ければよいと仰っていたではありませんか! それに何故、万姫様まで襲う必要があったのですか!?」
尋ねると、冷えた視線が煌運に向けられる。
「手段はいくらでもあると伝えたはずですよ?」
「なっ……! 私はどんな手を使っても雪花様を側に置きたいと考えはしましたが、兄上たちを殺めてまで手に入れたいと考えたことはありません!!」
「煌運!! そんな甘い考えは捨てなさい!!」
それまで落ち着いていた母上が急に声を荒げる。
「良いですか? 皇位継承権が煌月より下のそなたが皇太子になるには、煌月に消えてもらうことが一番手っ取り早くて簡単なのです!! そもそも皇帝の座を争うとはそういうものよ! 例えそれが親兄弟であっても、やらねば手に入らない!!」
「他の方法があるはずです!!」
「だまりなさい!! 一歩間違えれば、わたくしたちが関わっていることがバレてしまう! そうなればわたくしたちは反逆者の汚名を被ることになるのよ!」
「そんな……っ!」
「煌運、覚悟を決めなさい。もう後戻りは出来ませんよ」
母上の言葉で私の心の中に黒く重いものが溜まっていくような気がした。
私は、やり方を間違ったのかもしれない。そんな絶望に近い感情が私の心を蝕んでいった。
私はそれ以上、母上に何も言い返すことが出来なかった。