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84 若汐の呼び出し

 煌月(コウゲツ)殿下が公務に戻る時間がやって来て、殿下と別れたわたくしは冬宮に戻った。

 明霞(ミンシャ)が出してくれたお茶で休憩をしていると、何処かへ出ていた若汐(ルオシー)が戻ってきた。鈴莉(リンリー)を通して“報告したいことがある”と知らせを受けたわたくしは彼女と向き合う。


「先程、夏宮を訪ねてきました」

「では、連絡役の女官とお話を?」

「はい。ですが、今回は夏宮まで来るようにと言われて、万姫(ワンヂェン)様と直接話して参りました」


 少し深刻な表情の若汐に思わず唾を飲み込む。若汐が万姫様と直接話すのは彼女が冬宮に来たばかりの頃、万姫様を訪ねて以来だった。


 まさか若汐が夏宮へ仕えているフリをして、夏宮の女官から聞き出した情報を冬宮が仕入れていたことや、情報を取捨選択して冬宮のことを夏宮の女官に伝えていたことがバレたとか?


 そんな考えが頭の中を駆け巡る。


「私がお忍びで夏宮の女官に会うのは今日で最後だと言われました」


 予想外の答えに「え?」と声が漏れる。


「今後は必要な時にご自分で冬宮や雪花(シュファ)様を訪ねるから、私はもう必要ないそうです」

「……つまり、知りたいことがあれば万姫様が直接冬宮へいらっしゃるということ?」

「そのようです。それから『貴女は本当はわたくしではなく、雪花様に仕えると心に決めているのでしょう?』と仰っていました。……どうやら、私が万姫様に仕えているフリをしていたことを見破られていたようです」


 その言葉に一瞬背筋がゾクッとする。


 万姫様は分かっていたの? 一体、いつから?


「雪花様に同行する私を何度か見ていれば、私が偽りではなく心から雪花様の為に尽くそうとしていることが分かったと、仰っていました。そのことに最初に気付いたのは静芳(ジンファン)様だったようですが」


 静芳……万姫様のところの筆頭女官ね。彼女はそれほど長年、万姫様に仕えて様々な侍女を見てきたということでしょう。


 兎に角、わたくしが万姫様の考えを逆手に取って夏宮へ流す情報を取捨選択したり、逆に夏宮の情報を知り得ていた事がバレたわけでは無さそうでホッとする。


「私の実家へ送る報酬もこれきりだと言われました」


 告げて視線を落とした若汐にわたくしは「……そうだったの」と呟く。


「若汐はこれからどうしたい?」


 尋ねると、再び顔を上げた若汐が「えっ?」と戸惑いの声を上げる。


「元々、万姫様の所で実家への報酬を貰いながら、わたくしの元で女官になる為の試験を受けることを条件に、冬宮で仕えてくれることになったでしょう? でも、今日の万姫様とのお話でその報酬が無くなった。つまり、貴女を冬宮に繋ぎ留める理由が一つ無くなったの。だから改めて貴女の意思を尋ねているのよ」


 女官になれば官吏になる。給金も上がるけれど、宮女を指揮したり、冬宮の管理の一部を請け負ったりと、それだけ責任と仕事が増えることになる。若汐は少し強引な形で冬宮に迎えたから、そうまでして女官になりたいとは思っていないかも知れない。


「私は……」


 薄っすらと唇を開いた若汐がわたくしを見つめる。


「冬宮で雪花様に仕えると決めたあの日、貴女に付いて行くと決めました。万姫様に言われた通り、私は雪花様に仕えたいと心から思っています。ですから、雪花様が望んでくださるなら、このまま冬宮で女官になって雪花様を支えたいと考えています」


 若汐と初めて会った日。お妃候補と会話するに相応しくない口調でわたくしに接していた宮女が、今ではわたくしを主と認めて敬い、丁寧に接してくれるようになった。

 冬宮を訪れるようになってからの若汐は変わった。今の気持ちを語る若汐の瞳が揺れることはなかった。


「ありがとう、若汐。これからもよろしく頼むわね」


 わたくしが若汐の決意を受け取ると、「はいっ!!」と元気な返事が返ってくる。


「僭越ながら、夏宮と冬宮を行き来していた私だからこそ、私が雪花様と万姫様の仲を取り持てる存在になれたらと考えています。……っ、あ! も、勿論! (トォン)家と(シァ)家のこともありますので、お二人を仲良くさせようなどと大層なものではなく、お二人が煌月殿下をお支えするのに協力し合えるような関係になれればと考えてのことですっ!!」


 途中から珍しく焦って早口になる若汐の姿に思わず、「まぁ」と簡単の声が漏れる。


 それは夏宮でいうところの可晴のような存在になりたいと言うことかしら?


 ちらりと隣の鈴莉を見ると少し呆れているような表情をしていた。だけど、わたくしも万姫様とは若汐が語ってくれたような関係になれたらと思っている。勿論、可能であるなら彼女と仲良くなるに越したことはない。幸いなことに最近の万姫様とは仲良くさせてもらっている。


 もし、そうなれたら、どれ程素敵なことでしょうか。


 わたくしは「ふふふっ」と若汐に笑いかけて「期待していますね」と答えていた。

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