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82 諦めない気持ち

「まだ諦めるには早いと思います。だって、万姫(ワンヂェン)様は煌月(コウゲツ)殿下のお妃候補でありたいと思っている。……違いますか?」


 目の前でわたくしに問い掛けてくる雪花(シュファ)様。


「それは……」


 まだ皇后になりたい気持ちが少なからずある。それに、実家に帰りたくないという意味も含めて、その通りだった。だけど……


『万姫、お妃候補としてのそなたを諦めないでくれ』

『私はそなたのことも守りたいのだ』


 昨夜、煌月殿下に言われた言葉を思い出す。同時に頭に乗せられた殿下の手の感触まで思い出してしまい、少し動揺する。


 殿下も雪花様も、どうしてわたくしに“諦めるな”と仰いますの? それに……今現在、東宮の後宮において煌月殿下からもっとも寵愛を受けているのは雪花様ですのに。


「そんなこと言って、雪花様はわたくしが煌月殿下に気に入られても良いのかしら? わたくしが本気で煌月殿下に気に入られれば、雪花様は見向きもされなくなるかもしれませんわよ?」


 すると、雪花様が苦笑いを浮かべる。


「それは、…………見向きもされなくなるのは困ります」

「でしたら! 他人の心配なんてせずに、自分のことだけ考えていれば良いのですわ!!」


 ふんっと顔を背けて告げると、香麗(シャンリー)様が「わたくしもこの前、似たようなことを梨紅(リーホン)様に言われてしまいました」と、こちらも苦笑いを浮かべた。


「お二人とも、お妃候補の身で誰かの助けになろうだなんて甘いのですわ! 分かったら今後はわたくしを励ますなんてバカなこと、考えないことですわね!」


 全く。世話が焼けますわ。どうしてわたくしがこんなことを言わなくちゃいけないのかしら?


 悶々と頭の中でそんなことを考えていると、雪花様がクスリと笑う。


「そう言う万姫様も、わたくしたちにたった今助言されたではありませんか。人のこと言えませんわね?」

「わっ、わたくしは良いのですわ!!」

「良くありません。だって、万姫様も煌月殿下のお妃候補なのですから」

「なっ、何ですの……っ!!」


 先ほどから雪花様はわたくしがああ言えばこう言う。何とも形容し難い感情が込み上げてきて、わたくしはむぅっと顔を顰める。


「わたくし、この間お話しした際に万姫様に言いましたよね? “正妃の座を争うなら、会ったこともない(シァ)家の方より、万姫様がいい”と」


 そのお言葉に雪花様たちの前で皇后陛下の企てについて話した日のことを思い出す。わたくしはそれに対して、“後で後悔しても知りませんわよ?”と言ったことも。


 言葉では強気でいたけれど、やはり実家には……夏家の決定には逆らえないと思っていた。だからわたくしは皇后になる道も、後宮に残れるかどうかすらも沙汰が出る前に諦めてしまっていた。だけど、夏家が未だわたくしや静芳(ジンファン)には文を出さずに黙りを決め込んでいるということは、早急に次のお妃候補を選んでいるに違いない。


「雪花様は……わたくしがいなくなる方が、良いのでわありませんの?……わたくしがお嫌でしょう?」


 小さな声でわたくしは彼女の気持ちに探りを入れる。


 わたくしはこれまでに皇后陛下のお力を借りて雪花様を北の離れに押し込んだり、少し遠回りな嫌味も散々言ってきましたわ。それは、上げればキリが無いほどだもの。こんな人間を嫌悪しないわけがありませんわ。


 わたくしの問に「ええと、そうですわね……」と、雪花様が言いづらそうに口を開く。


「少し、苦手ではあると思います」

「っ! もっとハッキリ仰ったらどうですの!?」


 思わず声を張る。


「あの、……実のところ、わたくしも万姫様を苦手に思っていました」

「っ!?」


 横から香麗様の声が聞こえて、思わずそちらを振り向く。思わぬ人物からの回答に一瞬息が詰まった。

 流石のわたくしも二人から言われると、傷付く心を持ち合わせているようですわ。


「香麗様には聞いていませんわ!」


「……すみません」と少し項垂れる香麗様。彼女は思ったことをすぐ口にする傾向がある。少しは雪花様にもそれを見習って欲しいですわね。

 そう思っていると、香麗様が「……だけど」と言葉を続ける。


「これだけ言わせて下さい。わたくしは今の万姫様の方が接しやすいです。出来れば、もっと万姫様とお話ししていたいと思えます」


「は……? えっ……?」


 今なんておっしゃいましたの?


 戸惑うわたくしに香麗様が続ける。


「先ほど、万姫様はわたくしのこと褒めてくださいましたよね? わたくし嬉しかったのです」

「そんな事で?」

「はい」

「……」


 香麗様からの思わぬ言葉に頬に熱を感じて、恥ずかしさから目を背ける。すると、雪花様がわたくしを見つめていることに気付いた。


「万姫様、わたくしも今の万姫様ともっとお話ししたいです。そして、煌月殿下のお妃候補として切磋琢磨し、時には協力しあえたらと思っています」


 雪花様から柔らかな笑みを向けられる。

 先ほどから慣れないことばかり言われて、更にわたくしの頬が熱を増す。


「っ!」


 後宮には様々な思惑が蠢いている。その中で最も恐ろしい存在は皇后陛下だ。それに比べてこのお二人ときたら平和だ。平和そのもの過ぎて、こちらの調子が狂う。

 わたくしは考えるのが馬鹿らしくなってきて、「あぁっ! もうっ!!」と思わず叫ぶ。


「すっ、好きになさればよろしいですわ!!」


 半ばヤケになって叫んだわたくしの答えに「では、これからも同じお妃候補として頑張りましょう」と雪花様が微笑む。


「ですから! わたくしと雪花様では序列が違いますわ!! 何度言えばわかりますのっ!?」


 夏家のわたくしと冬家の雪花様。数日前までは、夏家であり、皇后陛下を親戚に持つわたくしの方が序列が上だと確信していた。だけど、合同稽古での一件以来、それは逆転した。今やわたくしは後宮に居られるかすら怪しい身だ。

 それを同じお妃候補と一括りにされる雪花様。きっとわたくしが今放った言葉の意味を悟ったのでしょう。


 彼女が「ふふふっ」と笑って、「まだわたくし達に序列はありませんわ」といつもの調子で答えられた。そんなやり取りをしていると、お茶のおかわりが運ばれてくる。


 「もうっ、仕方ありませんわね」


 正式な沙汰が出るまでは、諦めずに足搔いてみようかしら?


 わたくしをそんな気持ちにさせた舞の稽古後のお茶会は、それから暫く続いた。

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