71 お買い物
夏の宴2日目。わたくしは遂に香麗様、梨紅様とご一緒に出店巡りをしていた。
それぞれ宦官1名と女官と宮女を1名ずつ、合計3名を連れて広い明来庭園内の会場を歩く。わたくしは天祐様と鈴莉、それから明霞を連れていた。
「まぁ、あちらに髪飾りが沢山並んでいますわ!!」
香麗様が目を輝かせて、吸い寄せられるように向かった。そこは簪やピン、櫛などが沢山並んだ店だった。飾り簪や玉簪、平打ち簪など簪だけでも種類が豊富にあるようだ。
「素敵! どれにしましょう」
香麗様は既に買う気満々の様子で、わたくしはそんな彼女の後ろから覗き込む。
「確かにどれも素敵ですわね」
「そう言えば、雪花様はいつも白い椿の髪飾りをされてはりますねぇ。お気に入りなんですか?」
梨紅様に「えぇ」と頷く。何しろこれは煌月殿下からの贈り物。殿下への想いを自覚したあの日から毎日使っている。
「それも似合っとりますけど、そろそろ新しい物にしてみはったらどうですやろか?」
提案されて「そうですわねぇ……」と少し考える。でも今の髪飾りは毎日付けていたものだから、外すのは何だか淋しく思ってしまう。それに、煌月殿下から頂いたものは毎日身に着けていたい。
「出来れば椿の髪飾りと一緒に付けられる物が欲しいですわ」
わたくしが呟くと、店主と思われる女性が「でしたら、こちらの玉簪は如何でしょう?」とお勧めを紹介してくれる。
「色味次第では、髪飾りを引き立てることも可能でしょう。現在の御召し物とも合わせられるのであれば、こちらの水色がお似合いだと思いますよ」
そう言って、わたくしにその玉簪を手渡す。的確な言葉で勧められた簪に、わたくしの購買意欲は傾いていた。気付くと「こちらをいただきますわ」と店主の勧めに頷いていた。
香麗様はいつの間にか簪を購入されていて、早速それを宮女に刺してもらっていた。柔らかそうにうねる薄桜色の髪に似合う、桜色の平打ち簪だった。
「ようお似合いですねぇ」
「梨紅様、ありがとうございます」
梨紅様が褒めると香麗様が照れて頬を少し染められた。
「梨紅様は購入されなくて宜しいのですか?」
わたくしが尋ねると、彼女が「えぇ」と頷く。
「わたくしはこっちのお店が気になってるんで、付き合ってもらえますやろか?」
梨紅様が指し示したそこには耳飾りや首飾り、腕輪に指輪などの多数の装飾品が並んだ出店がある。「勿論です」と頷いてわたくしたちは移動する。
店の前に来ると、様々な細工が施された宝飾品が並んでいた。どれも光に照らされるとキラキラと光ってとても綺麗だ。
わたくしは宝飾品がこんなに沢山並んでいるのを見るのは初めてだった。両親も多少は持っていたが、そんなに余裕があるのなら領民の為にお金を使いたいと考えていたため、手持ちは少なかったのだ。
それに比べて、叔母様はこのお店に並べられた品物の半分程の宝飾品を持っていた。叔父様に度々おねだりされていたけれど、北部の財力はそれほど豊富ではない為、何度かおねだりに失敗されている姿をみたことがある。
「凄い数ですわね……」
わたくしが思わず呟くと「そうでっしゃろか? 出店ならこないなもんやあらしませんか?」と、梨紅様。
“こないなもん”……と言うことは、梨紅様からすれば出店であればこの程度が妥当ということでしょうか? つまり、これは少ない方だと……!?
冬家と豊家の財力の差を見せつけられた気がしますわ。まぁでも、それも仕方ありません。
実りが多く、沢山の野菜や果物といった食材が取れる東部。それに比べて実りが悪く、冬の大半は細々とした狩や釣りで食を支える冬家。規模が違いすぎますわ。
「これとこれ。あとこちらも……」
梨紅様がササッと商品を手に取ると、お付の宮女に持たせている。
宝飾品は高価な品の為、宮女や女官は中々手が出しにくい。けれど、この店ではそういった者たちに合わせて、小ぶりの宝石を使用した商品も置いていた。その為か「わたくしも一つ買おうかしら?」と悩まれる香麗様の後ろで、香麗様付きの宮女と女官がそわそわしている。
わたくしは、後宮の行事でも髪には色々飾りをつけるけれど、その他の物はあまり身に付けてこなかった。
いや、殆ど手持ちがないと言った方がいいかしら?
北部の経済状況のこともあり、お父様が幼い頃に買ってくださった小さな宝石の首飾りと耳飾りぐらいしか持っていない。今までは衣の雰囲気に合わせて、それらを使いまわしてきた。
まぁ、お父様たちが亡くなってからは、叔母様が浪費されることと、わたくしが叔父様たちから疎まれていたこともあり、わたくしには後宮入に必要な最低限しかお金が回ってこなかったという理由もあるのだけれど……
そんなことから、わたくしは宝飾品を殆ど手にすることがなかったので、あまり欲しいとも思わなくなっていた。それでも後宮にいる以上、着飾ることは大切だ。
わたくしに似合うかはわからないけれど、一つ買ってみようかしら?
少し大ぶりの腕輪を取って嵌めてみる。だけど、わたくしが付けるには少々大きすぎたようで、スルリと腕から抜け落ちそうだった。では、首飾りはどうかしら? と腕輪を戻して、そちらを手に取ってみる。けれど、今持っているお父様が贈って下さった物で十分に思えた。
“雪花に似合いそうだったから”そう言って、お父様はいつもわたくしに贈り物をくださったわね。
ふと、耳飾りが目に入る。
耳飾りはまだ持っていませんでしたわね。と、並んだ耳飾りを眺める。
「雪花様は耳飾りに興味が?」
いつの間にやら、お買い物を終えたらしい梨紅様がそっと隣から覗き込んできた。
「えっ!? あ、……いえ! わたくし耳飾りは持っていないので、眺めていただけですわ」
何故か、咄嗟に興味があることを否定してしまった。
……しまったわ。眺めていただけだなんて、これでは買うつもりがないも同義になってしまう。ところが「えっ!?」と梨紅様と香麗様が驚く。
「雪花様は耳飾りを持っていらっしゃらないのですか!?」
「え? えぇ」
頷くと、梨紅様が顔を顰められる。
「飾り気がそないにないとは思てましたけど、まさかお持ちでないなんて。……冬家はそこまで財力にお困りなのですか?」
「へっ?」
梨紅様の呟きにわたくしは顔が引き攣る。
……これは、不味いですわね。
冬家の財政は確かに良くない。それは4大家門の間では当たり前のことだけれど、良家の娘が耳飾りも買えないほど困窮していると思われる訳にはいかない。冬家の印象が益々陰ってしまう。
「……いえ、単純にわたくしが今まであまり興味が無かっただけですわ。それよりも髪飾りや衣の方が好きでしたから」
「何や変わってはりますねぇ。それで先程は簪を?」
「えぇ」
何とか誤魔化すと、梨紅様は納得して下さったようだ。
「耳飾りが初めてでしたら、雪花様も購入されてみてはいかがですか? こういった小ぶりのものでしたら、耳も疲れにくいですよ?」
香麗様がにこにこと勧めてくる。
「そうですわね……」
香麗様のお勧めは確かに宝石が小さいから重くなさそうだ。
だけど、わたくしに似合うのかしら?
少し悩むけれど、答えはすぐ出そうにない。
「もう少しゆっくり考えて、それでも欲しいと思ったら改めて購入することにしますわ」
香麗様も購入を終えたようだったので、わたくし1人がここでグズグズ悩んでも仕方ないと思っての答えだった。
「まぁ、雪花様がそれでよろしいって言わはるなら次行きましょうか」
梨紅様の一言でわたくしたちは宝飾品店を後にした。