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70 二人の新米宮女

 夏の宴恒例の食事会は名残惜しくも終わりお迎えた。それでも今年は庭園に大規模な出店が一週間設置されるので、宴自体はまだまだ終わらない。

 今頃、王宮で働く者たちの中には、早速庭園の市場へ向かっている者もいるだろうし、何時もより豪華な食事を楽しんでいる者も居ることだろう。わたくしも宮へ帰ったら、東屋まで付いて来てくれた鈴莉(リンリー)たちに食事を楽しんでもらわなくちゃと考えて立ち上がる。


 天佑(テンユウ)様たちを引き連れて数歩歩いた時、「雪花(シュファ)様!」と聞き慣れない声に呼び止められた。振り返ると、見知らぬ薄浅葱色の衣を纏った少女2人の姿があった。それを認識したのと同時に、サッと天佑様が「雪花様に何か御用ですか?」とわたくしの前に出る。


 薄浅葱色の衣で見慣れない顔と言うことは、雪欄(シュェラン)様のところの宮女だわ。


 そう認識した途端、叔父様が送ってきた宮女の存在を思い出す。まさか……と思っている間に、1人が胸の前で手を組みながら話し始める。


「あの、突然話しかけるご無礼をお許し下さい。私は雪欄様の所で宮女をしている魅音(ミオン)と申します。こっちは雅文(ヤーウェン)です」


 紹介された雅文が慌てて一礼する。


「わたくしたち、どうしても雪花様に一目お会いしたくて──」

「これ! 魅音!! 雅文!! どうして貴女達がここに居るの!!」


 妃宮の筆頭女官の声が響く。ビクッ!! と肩を跳ねさせた2人が声の方を振り返ると、そこには鬼の形相をした彼女たちの上司がいた。


「貴女たちは他の宮女たちと共に宮で掃除をしながら留守を守るよう伝えたはずです!」

「申し訳ございません!! ですが、どうしても雪花様にお会いしたかったのです!」


 雅文がぎゅっと体に力を入れて俯きながら答える。


「だからと言って勝手な行動は……!」


 サッと手を上げて雪欄様が女官の言葉を静止する。それまで秀鈴(シューリン)様と手を繋いでいて塞がっていた方の手を解くと、傍の女官に彼女を預けて、魅音たちに向き直った。


「そなたたちが雪花の元で働きたいという思い。よう分かった」


 その言葉を聞いて、魅音と雅文が俯いていた顔を上げる。


「しかし、だ。冬宮はそなたらの尊敬する雪花とその女官たちの手腕により、既に宮女は足りておる。それなのに、秀次(シゥジン)が雪花の断りを無視して勝手にそなたたちを集めたのだ。たまたまわたくしの宮で宮女を増やす予定があったため、妃宮でそなた達を預かったまで。ここは(トォン)家ではないぞ? 後宮には後宮の事情がある。郷に入れば郷に従え。それが出来ないのであれば実家に帰るのだな」


 少し突き放すような雪欄様のお言葉に宮女たちは黙り込む。だけど、雪欄様は話の中で叔父様の独断による迷惑な行動についてを織り交ぜて話された。その上で雪欄様の決定に従えないのであれば、後宮を去るように告げられたのだ。


 叔父様から指示を受けて、冬宮へ移動しようと考えている者であれば、後宮を追い出されるわけにはいかない。だから、きっと一旦は引き下がって次の機会を伺う筈でしょう。


「雪花、わたくしの宮女たちがすまなかったな」

「いえ、大丈夫です」


 答えて改めて彼女達を見る。この子たちのどちらか、もしくは両方が叔父様がわたくしの様子を知るために送り込んできた人材かもしれない。そう思うと、油断はできなかった。


「おや? 揉め事ですか? 妃宮は宮女の教育がなっていないようですねぇ?」


 新たな声の登場でその場に緊張感が走る。声の方を見れば、まだ会場に残っていた皇后陛下がこちらに近付いてきた。そして彼女は手にしていた扇子で口元を隠す。


 きっと雪欄様を笑い者にしていらっしゃるのだわ。


「この2人は新参者故に目下教育中なのです。失礼な態度を取るかもしれませぬが、暫くは大目に見てやっていただけると幸いです」

「女官や宮女はその宮の主を映すもの。彼女たちの態度はその宮の品位の象徴ですよ」

「心得ております」

「しっかり教育なさい」


 そう告げると、皇后は先に会場を去っていく。それを見て、はぁっと大きく息を吐いた新米宮女2人が体の力を抜いたのがわかる。


「これ! 何ですかその姿勢は!! 雪欄様と雪花様の前ですよ!!」


 妃宮の筆頭女官に指摘された瞬間、2人の背筋がピンッと伸びる。皇后陛下の前で緊張したのでしょう。気持は分かりますが、これは中々大変そうですわね。


「魅音、雅文」とわたくしは2人を呼ぶ。


「わたくしに仕えたいと思ってくれたこと、嬉しく思います。ですが、雪欄様が仰ったように冬宮は人手が足りています。貴女達を移動させる理由がありません。ですから妃宮で精進して下さい」


 シュンッと雅文の眉が下がった。相当落ち込んでいる様子に見えるが、それに対して魅音は「しかし……」とまだ何か言いたげだ。けれどわたくしは話を続ける。


「それから、先程のように貴女たちの行動が仕える主人の評価を下げること、心得ておいてください。雪欄様のご迷惑となることがあれば、わたくしは叔父様に抗議の文を出しますから、それをお忘れなく」


 告げると雅文が「そんな……」と青い顔をする。宮女であれば、一定の期間が来ると自らの意思で後宮を去ることが出来る。だが、叔父様に抗議の文を出すと言うことは、ろくに役に立たないから期限がくる前に、その者を後宮から追い出して冬家に送り返すことを意味していた。


 まぁ、わたくしが抗議の文をだした所で、叔父様がそれを了承されるわけはないので、恐らく実際には出来ないのだけど。


 それでも雅文の反応を見るからにして、言葉の効果はあったようだった。魅音も少しだけ眉が中央に寄っているところを見ると、実際に抗議の文を送られる可能性を少し警戒しているらしい。


 この程度の脅し文句では、叔父様にとって都合の良い人材をあぶり出すのは難しそうですわね。


「雪欄様、わたくしはこれで失礼します」


 一礼すると雪欄様が頷く。


「また近々、お茶でもしようではないか」

「えぇ。ご出産の前にぜひ」


 お互いに微笑むとわたくしは天佑様達を連れて先に会場を後にした。

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