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7 見舞い客

 目が覚めてから三日後。わたくしの熱は下がり、倦怠感と頭痛もなくなった。

 鈴莉(リンリー)が言っていたように、わたくしが品位を乱したとして罰を受けた件については、“誤解があった”ということで片付いており、わたくしに対する非難の声は上がらなかった。寧ろ、とんだ誤解で罰を受けることになったお妃候補として周囲から憐れみの視線を向けられた。


 そんなわけで完全に今まで通りとはいかないものの、後宮での平穏な生活が戻ってきた。

 病み上がりということもあり、鈴莉や美玲(メイリン)たちに“部屋で大人しくするように!”と酸っぱく言われた。少々過保護になった女官たちを見れば相当な心配をかけたことが分かるので、大人しく読書して過ごす。


 今回の一件以来、美玲と蘭蘭(ランラン)麗麗(レイレイ)の三人がよく働いてくれるようになったと感じる。今までは細やかな気遣いに欠けていたけれど、小さな事にも気付いてくれるようになったし、鈴莉が注意をすると素直に受け入れてくれるようになった。


 もしかすると今まではわたくしではなく、叔父様に仕えているという意識があったのかもしれませんわね。

 それが今回の件で冬宮の主であるわたくしを意識するようになり、それがわたくしに仕えているという意識へと変化したのかしら? だとしたらもっと頑張らないと。


「雪花様、万姫(ワンヂェン)様がいらしています」


 蘭蘭のそんな声に驚いて書物から顔を上げる。


 やはり後宮で平穏な生活…………というわけにはいかないようです。


「お通しして」と伝えて、読んでいた本を麗麗に預けるとすぐに万姫様がいらした。


「雪花様!! ああ、ようやくお会い出来ましたわ! わたくしあれから心配しておりましたの!!」


 バッと駆け寄って来た万姫様は勢いのままわたくしの手を掴むと両手で包み込む。


「え!? あ、あの……万姫様?」

「わたくしが同じ夏家の生まれである皇后陛下に誤解を与えてしまったせいで! まさか、雪花様に離れでの軟禁生活が言い渡されるなんて!! ……わたくし、知りませんでしたの!」

「え、ええ。……それは仕方ありません」

「雪花様が倒れたと聞いてその時に初めて……! ああっ! なんと御詫びすれば良いのでしょう!!」


 ううっと声を上げて俯き、嘆き悲しむ万姫様にわたくしも思わず焦る。


「あの、万姫様? 万姫様に悪気が無かったことは分かりましたから、お顔を上げてください」


 スッと万姫様が顔を上げる。ほろりと彼女の目元から涙が一粒落ちた。


「雪花様ったら、なんてお優しい! わたくしを許してくださるのですね!!」


 今度はパッと笑う万姫様。


 なるほど。今なら雪欄(シュェラン)様が仰っていた言葉がよく分かりますわ。


『大方あちらの娘が大袈裟に伝えたのでしょう』


 万姫様は中々の演技派のようです。泣いていたというのに、瞳もお顔も全く赤くなっていませんし、何より表情の切り替えがお早い。

 皇后陛下はそんな万姫様に騙されたのか、それとも騙されてあげたのか。はたまたお二人が示し合わされたということも考えられますね……


「許すも何も御座いません」


 だって、わたくし許すつもりは全くありませんもの。被害者ですから。


 万姫様のお陰で大変な思いをしたことはさておき、そのせいで殿下にご心配とご迷惑をお掛けしたことは勿論。鈴莉やその他わたくしに仕えてくれている女官たちをとても不安にさせてしまったのだ。

 ふふふっと、お互いに作った笑みを浮かべる。


 争いごとは嫌いですが、わたくしにだって我慢ならないことがあること、万姫様に分かって頂くためにもここは引いてはいけないところよ! 雪花!!


 自分を鼓舞して万姫様の手をそっと解く。


「わたくしはすっかり元気になりました。ご心配、ありがとうございます」

「それは良かったですわ。……あ! わたくしとしたことが雪花様が心配で早くお詫びしたくて、ついお見舞いの品をお渡しするのを忘れていましたわ!」


 万姫様が後ろに控えていた万姫様付きの銀朱色の衣を着た女官に目配せすると、一人前に出た。その女官が鈴莉に箱を手渡す。


「こちら、わたくしの故郷では身体を温める効果があると有名なお茶です。雪花様が身体を冷やされて体調を崩されたとお聞きしたので用意させました」

「わざわざありがとうございます」

「では、わたくしはそろそろお邪魔致します。長居しては雪花様のお体に申し訳ありませんから」

「お気遣いありがとうございます」


 ペコッと会釈すると万姫様は女官を連れて戻っていった。



「このお茶に本当に体を温める効果があるのかしら?」

「まさか、毒が入っていたりして……!?」


 万姫様が去ったあと、そんな会話を広げる蘭蘭と麗麗に「落ち着いて」と声をかけて、「鈴莉」と呼ぶと箱を目の前に持ってきてもらう。

 蓋を開けて箱に顔を近付けて香りを確認する。変な匂いはしない。寧ろ茶葉の良い香りが鼻腔を擽った。


「大丈夫そうよ。それに王宮に入ってくる品物は全て検閲が掛けられること、貴女たちも知っているでしょう? 滅多なこと言わないで」

「申し訳御座いません」

「雪花様の仰る通りよ。ほら、仕事に戻って!」


 鈴莉の一言で蘭蘭たちが動き出す。


 もしも仮に毒が入っていたとしたら、贈り物をした万姫様が真っ先に疑われる。賢い万姫様です。そこまで馬鹿な真似はしないでしょう。


「鈴莉、念のため毒見に回しておいて」


 もしもの場合、冬宮を尋ねてきてくださる殿下や他の方に間違えてお出ししてしまったら、大変なことになってしまうわ。


「畏まりました」と返事をした鈴莉がお茶を持って奥へ消えていく。

 万姫様のお相手をして気が張り詰めていたのか、少し疲れた気がして窓辺の長椅子に座ると、ふぅっと息を着いた。すると、バタバタと慌てた足音が響いてくる。


「殿下!! お待ち下さい!」


 部屋の外から聞こえてきた美玲の声。

 万姫様から頂いたお茶を片付けていた鈴莉とわたくしが、パッと部屋の戸口を見ると同時に戸が開いた。


「雪花!!」

「で、殿下!」


 サッと立ち上がったわたくしに煌月(コウゲツ)殿下が早足で駆け寄ってくる。その後ろには殿下を追いかけてきた青紫色の衣を纏った殿下付きの宦官である憂龍(ユーロン)様と、案内をしてくれていた美玲の姿が見えた。


「雪花、体の具合はどうだ?」


 スッと殿下がわたくしの肩に手を添えて顔を覗き込んでくる。


「もうすっかり元気になりましたよ。わたくし、殿下にこの冬宮まで運んで頂いたと──っ! きゃっ!? で、殿下!?」


 話していた途中で殿下にぎゅっと抱き締められた。少し苦しい程の力で抱き締める殿下は、そのまま離してくれる様子がない。


「あ、あの……殿下?」

「すまなかった」


 戸惑いながら言葉を掛けると、小さく謝る声が耳元に届いた。


「え? 何故、殿下が謝るのですか?」

「雪花が倒れたのは私のせいだ」

「何を……」

「本来、東宮で起きた問題は東宮で対処される筈なのだ。だが今回、雪花は皇帝陛下の王宮で皇后指揮の元、本来ならあり得ない劣悪な環境で対処されていた」


 そこまで言うと漸く殿下が抱き締める力を緩めて、顔が見える位置まで体を離してくれる。


「しかも、今回の件は誤解だったのだ。……本当にすまない」


 悲痛そうに歪められた殿下の眉。そして伏せられた瞳。何時になく弱々しい声色。初めて見る表情だった。


 殿下が……本気でわたくしに謝意を示してくださっている。


「殿下、お顔を上げてください」


 殿下の瞳がわたくしを映す。


「殿下のせいでは御座いません。謝らなければいけないのは、わたくしです。誤解だったとはいえ、殿下が東宮をお留守されている間に問題を起こしてしまったのですから」

「雪花、そなたは何も罰を受けるようなことはしていない。そなたこそ謝る必要はないのだ」

「……」


 お互いに謝る必要はないと言い合うこの状況は何でしょうか。何だか変な感じです……


「殿下、雪花様。ひとまず座ってお話しされては? 雪花様は病み上がりですし、殿下もここのところ遅くまで公務でしたからお疲れでしょう?」


 憂龍様がこちらの様子を伺うようにチラチラと見てくる。そして、わたくしは鈴莉や蘭蘭たちのソワソワした姿で気付く。


 わ、わたくし! 殿下に抱き締められたままだわ!!


 はわわわっ………!! と内心焦りで一杯なのに、早く離れなくては!! と思っても体が動かない。


「憂龍……そうだな。気が利かず、雪花にはすまないことをした」


 漸く殿下が体を離してくれた。けれど、わたくしはまだ動けない。


「雪花?」

「はっ! はい!! 殿下!!」


 不思議そうな殿下に声を掛けられて、ビクッと肩を揺らしたわたくしは漸く体が動くようになる。


「驚かせてしまったか?」


 覗き込んでくる殿下にぱっと顔を背ける。


「い、いえ……!」


 だめだわ。恥ずかしくて殿下の顔が見られない。


 顔が火照っている気がして、そっと手を当てて隠す。


 まさか、また熱なんてことありませんよね?


 焦るわたくしをよそに、何故かクスッと笑った殿下がわたくしの背中に手を当てて椅子まで誘導する。そして互いに机に向かい合って座った。


「ひとまず順を追って説明するから聞いてくれるか?」

「はい。殿下」


 返事をすると殿下が少し不満そうな顔をする。


「先程から気になっていたのだが、また“殿下”に戻っているぞ」

「あっ! こ、煌月殿下!」


 言い直すと煌月殿下が満足そうに笑う。

 こうして機嫌を取り戻した殿下は、わたくしに今回の出来事について話し始めた。

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