69 寛大な皇帝陛下
後宮中の妃嬪やその子が集う夏の宴。
皇帝陛下の妃嬪の末席には4大家門以外の妃で、賓の位を与えられた妃とその皇子や公主までもがズラリと並んでいた。
わたくしは彼女たちと関わったことがなかった。
賓の位の妃たちは他の妃とは違い、自身の宮を持っているわけではない。他の妃たちの宮とは離れた場所に建つ宮で、それぞれに広い部屋を与えられるに過ぎない。そして、春の宴では4大家門の出身でない彼女たちは後方の席を与えられることも理由の一つだ。そのため、よく見れば春の宴で見覚えのある顔もあるけれど、初めて見る顔もある。
4大家門出身の后妃様方が産んだ公主は現在、秀鈴様と月鈴様のお二人だけ。だが、賓の位を賜っている妃には公主様が6人、皇子が2人いた。
同じ皇子や公主でも、4大家門の后妃が産んだ皇子や公主の方が立場は上になる。例えば、王位継承権でいうと賓の妃が産んだ皇子の方が早く生まれていたとしても、4大家門の妃があとから産んだ皇子が優先される。
そんな決まりがあるものの、当の皇子様方や公主様方は気にすることなく、仲良く触れ合っているようだった。現に秀鈴様たちは賓の妃の公主様たちと楽しそうにお話しされている。
「皇后、そして万姫よ。夏の宴の準備、ご苦労であった」
皇帝陛下が夏家のお二人に労いの言葉をかけると、揃って「ありがとうございます」と述べる。
「新しい催しを行うことは容易くはない。後半は万姫が準備に参加できなかった故に、皇后は特に大変だったであろう」
「いえ、わたくしも万姫もみなが楽しめることを提案したまで。皇帝陛下がお許しくださったからこそ進めることが出来たのです。万姫が欠けてもわたくしは陛下の期待に応えるのみで御座いますよ」
「皇帝陛下、その節は大変お騒がせ致しました。この万姫、自らの行いを振り返り、今まで以上にお妃候補として正しく振る舞うことを誓います」
万姫様が座ったまま深く一礼すると煌月殿下もそれに倣った。
「父上、私も今回の件を反省し、お妃候補全員の機微を感じ取れるよう努めます」
「うむ。期待しているぞ」
皇帝陛下は頷きながら煌月殿下をまっすぐ見つめていた。
「なんや、もう皇帝陛下は万姫様を許してはるんやろか?」
わたくしと同じ様に両陛下と万姫様、煌月殿下のやり取りを眺めてた梨紅様がボソッと呟く。「え?」と梨紅様を見ると、彼女もわたくしを見た。
「万姫様とも普通にお話しされてはるさかい。そうおもわしません?」
「……単純に皇帝陛下のお心が広いからではないでしょうか。それに、万姫様の処遇はまだ正式な沙汰が出ていませんから」
以前、梨紅様が始まりの儀で煌雷殿下の話題を出したときも、怒ることなくご機嫌だった陛下ならあり得ないことではないとわたくしは考えた。
「このまま有耶無耶で放置されてしまう可能性も御座いますよ? なんせ万姫様は夏家。雪花様への謝罪もないままになってもうてええのですか?」
確かに夏家の万姫様ですから、時間が経つに連れてあの事件は無かったことになってしまうかもしれない。
それでも……
「煌月殿下が動いていらっしゃいますから、きっと大丈夫ですわ」
煌月殿下ならきっと有耶無耶のまま終わらせない。もし確かな証拠が出てこなかったとしても、万姫様がわたくしに手を上げようとした事実は変わらない。だから何かしらの沙汰を出してくれる。わたくしはそう信じている。
「まぁ、それもそうですねぇ」
呟いて梨紅様が煌月殿下を見る。
「わたくし、あのお方が皇太子でほんに良かった思います。殿下にとって、気に入らんお妃候補が1人くらいいてもおかしないのに、本当にわたくしたち一人ひとりに優しゅうしてくださいますさかい」
呟いた彼女の表情が緩やかに微笑む。それに「えぇ」と頷いてわたくしは思う。
煌月殿下はわたくしたちお妃候補の心をしっかり掴んでいらっしゃるわ。だからこそ、他のお妃候補には負けていられないのだけど。
楽しそうに皇帝陛下とお話される煌月殿下を見つめる。すると、わたくしの視線に気付いた殿下がこちらに視線を向けた。
一瞬ドキッとしながら、わたくしが微笑み返すと殿下も微笑み返してくださった。