68 反省の有無
その後、雪欄様たちと少し話し終えたわたくしは自分の席に向かった。
雪欄様と話している間に、香麗様と梨紅様が到着されていたようで、お二人共席に着かれていた。お二人に挨拶をして、わたくしも席に付く。天佑様や鈴莉たちは東屋の手すりに並んで、わたくしたちの後ろに控えた。
ふと、夏の宴の主役である万姫様の席を見るけれど、まだいらしていないようだ。
「万姫様、えらい時間かかってはりますねぇ。このままやと他の后妃様方や皇后陛下の方が先に来てしまわれるかもしれませんねぇ。あんなに“序列、序列”と仰ってはったのに」
「問題を起こしてしまった後ですから、万姫様もどんなお顔で宴に参加すればよいか、悩んでおられるのではないでしょうか?」
香麗様の推測に「あの万姫様が?」と梨紅様が意外そうな声を上げる。
「梨紅様、万姫様にだってお悩みの一つや二つぐらいあると思いますよ」
「雪花様ったら、いややわぁ。冗談ですよ」
梨紅様が扇子で口元を隠すと、ふふふっと笑う。
「そ、そうですわよね………」
冗談とは仰しゃったけれど、実のところはどうなのかしら? 梨紅様には万姫様が悩みなんて抱えていない人に見えていたのかしら?
……いいえ、そんな筈は有りませんわよね。様々な人の思惑が交差する後宮で悩みなく過ごせる筈なんて有りませんもの。ですが、勝ち気な万姫様ですから、人より悩みが少ない方かもしれませんけど。勝ち気といえば、梨紅様にもその傾向がありますわね。
そこまで考えて、ふと気が付く。
もしかすると、お二人は意外と似ているのかもしれません。似た者同士だからこそ、ぶつかってしまう可能性は十分にありますわね。
「雪花様、梨紅様、万姫様がいらしたら、いつも通り接して差し上げませんか? 変に気を遣ったりすると万姫様も居心地が悪いと思いますし」
香麗様がそんな提案をすると、梨紅様がにこりと笑顔を作った。
「万姫様の心配しはるなんて、香麗様は余裕ですねぇ。わたくしは自分のことで精一杯で、他のお妃候補相手にそんな余裕はあらしませんさかい、羨ましいですわ」
「え……? わたくし、そんなつもりでは……」
梨紅様の仰る通りだった。わたくしたちはお妃候補で、煌月殿下の正妻の座を争っている。そんな相手が窮地に陥っていると言うことは、自分が優位に立っていることになる。そこで助けを出すのは敵に塩を送る様なもの。
梨紅様は仲良しこよしをしている場合ではないと、遠回しに仰っている。
こうなったのは煌月殿下に頼まれたからと、わたくしが香麗様と仲良くしすぎたせいかもしれませんね。
香麗様の気持ちも分かりますが、それにしても梨紅様は遠回しに上手いこと仰いますわね……
そう思っていると、久しぶりに聞く声がする。
「あら、皆さまのご心配には及びませんわ」
その言葉にわたくしたちお妃候補は一斉に振り向く。
「万姫様……」
わたくしは少し驚いて、ぽかんと口が開いてしまう。
「ご無沙汰しておりますわ。その節はお騒がせして、申し訳ありません。わたくし、北の離れで頭を冷やして参りました。ですから、今後もよろしくお願いいたしますわ」
告げて一礼すると、万姫様が自らの席へ向かう。
騒ぎを起こしたことに対してお詫びはあったものの、わたくしに手を上げかけたことに対するお詫びはありませんでしたわね。おまけに万姫様とは一切目が合いませんでしたし……
そう思っていると、わたくしたちのやり取りを見ていた女官や宮女達がひそひそと話す声がする。
「今の見ました? 雪花様に謝罪されませんでしたよね?」
「本当に反省されたのかしら?」
彼女たちの疑問は最もだった。
反省、されているのかしら? と、わたくしも少し疑問に思う。でも、万姫様はプライドの高い方。ですから、“皆さまがお揃いの中でご自分の非を認めたくないだけ”ということもあり得ますわよね?
悶々と考えていると皇貴妃様と月鈴様。そして、貴妃様が立て続けにいらした。それから少し遅れて皇后両下、煌月殿下がいらっしゃると最後に皇帝陛下が現れた。瞬間、それまでヒソヒソ話し声がしていた会場の空気がスッと変わる。
皇帝陛下が着席されて「では始めようか」と声を掛けられると、薄緑の衣を纏った宮女たちが給仕に動き出した。それが夏の宴の始まりの合図だった。