64 約束のお茶菓子
翌日もわたくしは涼しい午前中に香麗様と舞の稽古に勤しんだ。香麗様は約束通り、西部のお勧めのお茶菓子を持ってきてくださった。
稽古終わりに2人でまたお茶会を開いて、早速それを頂く。お茶菓子はお団子だった。それぞれ色味が異なる2種類の緑色のお団子と白いお団子が1種類。そに付け合わせで気持ち程度のあんこが添えられている。
「こちらの2種類は、それぞれよもぎを練り込んだお団子とお茶を練り込んだお団子なんです」
「えっ? お茶のお団子ですか? わたくし初めてですわ」
「それは良かったです。それぞれ西部で採れたよもぎとお茶を使用していて、丁度、取り寄せていたものが先日届いたばかりですのよ」
わたくしは「頂きます」とお茶のお団子を手に取ると、口の中に入れる。ほんのりとお茶のほろ苦さを感じたあと、茶葉の良い香りがフッと鼻腔を抜けた。その直後、ほろ苦さを上回る独特の甘みが口いっぱいに広がる。
梨紅様のところでも中に餡が入ったお団子を頂きましたが、それとはまた全然違いますわね。香麗様が気に入っている理由が分かりますわ。
「この独特のほろ苦さ、癖になりますわね」
「雪花様、分かりますか!? わたくしもそれが良くって、甘いだけではないこのお団子が好きなのです」
告げて香麗様も一口食べる。その瞬間、幸せそうに彼女のお顔が緩んだ。
次の行商で売っていたら、こちらを買うことにしましょう。
わたくしのお買い物候補が一つ増えた所で、香麗様が「それにしても」と口を開く。
「雪花様は本当に舞がお上手ですわよね。どうしたら上手くなれますか? 何か秘訣のようなものがあったりしますの?」
秘訣と言われて少し考える。
「そうですわね。……一つ一つの動きを意識して舞うことでしょうか? あとは、やはり繰り返し練習あるのみだと思います」
「なるほど。やはり最後は練習するしかないのですね」
香麗様が少し遠い目をされたので、わたくしは苦笑いを浮かべる。香麗様は舞が苦手なので、気が重いのだろう。
「わたくしは元々舞が好きだったので、これに関してはそこまで苦ではありませんでした。香麗様も楽しむつもりで、お稽古してみてはどうでしょうか? 苦手な物を楽しむのは簡単ではないでしょうけれど、気持ちの持ちようが変われば、少しは舞が踊りやすくなると思いますよ」
「そうですわね。……頑張ってみます」
だけど、わたくしよりも梨紅様の方がお上手でしたわねと、合同稽古の日を思い返す。わたくしは彼女に負けじと舞ったけれど、各々が連れていた女官や宮女たちの視線はいつの間にか梨紅様へ注がれていた。
舞という得意分野で遅れを取るのは悔しかった。何より、今はまだ稽古の段階なので、本番では梨紅様はあれ以上の実力を存分に発揮されるに違いない。
「わたくしも負けていられませんわ」
雨乞いの舞は皇帝陛下や皇后陛下は勿論、冠帝国の王宮に住まう王族全員の前で披露することになっている。“日照り続きの地域に雨を降らせる”という意味のこもった大切な儀式の一つだ。見る人達の印象に残るように頑張らなくては。
「わたくしは一先ず、万姫様を驚かせられるように励みます。もうあんな風に言われないように。……いいえ! 寧ろ文句が付けられない程に頑張りますわ!」
何時になくやる気に満ちた香麗様。
「では、本日はもう少し舞っていかれますか?」
舞の稽古の延長を提案すると、彼女が「えぇ」と頷く。こうして、わたくしたちはお茶を終えたあと、日が真上に登るまで稽古を続けた。