62 万姫の処遇
万姫が東宮の北の離に軟禁された翌日。皇后であるわたくしと皇貴妃は皇帝陛下と共に煌月が来るを待っていた。
部屋の扉が開いて、そこに目当ての人物を確認すると、わたくしは「随分と遅かったですね」と発言する。
「どれだけ待たせるつもりですか? 皇帝陛下はお忙しいのですよ」
わたくしの発言に「よい」と皇帝陛下が答える。皇貴妃はここへ来てからずっと黙ったままだった。そんな中、「煌月」と名を呼んで皇帝が早速話を進める。
「そなたも聞いていると思うが、家臣の中には万姫の処遇について軟禁だけでは生ぬるいと言う者がいてな。“謝罪もせずに宮へ逃げ帰るような者を妃とするのか”と反対の意見があるのだ。……万姫はそなたのお妃候補。どうするかはそなたが決めよ」
「万姫は夏家に何人もいる女子の中から選ばれて後宮に来た子です。聡いあの子ならどのような決定も受け入れるでしょう」
「……皇后陛下は万姫が後宮を去ることになっても良いのですか?」
煌月の視線がわたくしを真っ直ぐに見る。
「同じ家門出身ですから、可愛らしい身内であることは間違いありません。平気ではありませんが、そうなれば仕方のないこと。あの子はそれだけの事をしでかすところだったのです」
「そうですか」
別に万姫なんて、どうだって良い。少し話を吹き込めば信じやすく操りやすかったという意味では使い勝手が良かったが、それと比例するように自分勝手な我が儘も多かった。
わたくしにとって万姫は煌運を皇太子にするための駒だった。彼女には騒ぎを起こしてもらうつもりではいたが、夏の宴までは大人しくしていて欲しかった。だが、こうなってしまっては仕方がない。少し時期は早いけれど、それでも皇太子を追求することは出来るから良いでしょう。
彼女の代わりなど、夏家には幾らでも居るのだから。
「それにしても、煌月は雪花以外のお妃候補を蔑ろにしているのではありませんか? 今回の件は皇太子としてのあなたの配慮が足りなかったが故に起こったと言えるのでは?」
責任の一部は皇太子にもあると印象付けるために口を開くと、すかさず隣から皇貴妃の声が飛んでくる。
「皇后陛下、お言葉ですが煌月はお妃候補の全員を大切に想っています」
「皇貴妃、貴女には聞いていません。わたくしは煌月に聞いているのです」
告げながらスッと目を細めて、わたくしは皇貴妃を見る。彼女はビクッと小さく肩を揺らすと黙り込んだ。変わりに今度は煌月が口を開いた。
「皇帝陛下、少し時間を下さい」
「何だ? この程度で処遇を決めるのに時間が欲しいと言うのか?」
眉間にシワを寄せる皇帝陛下に煌月が頷く。
「はい。少々調べたいことがあります」
「調べる? 万姫が暴力に及ぼうとしたことは、わたくしの女官もその他のお妃候補もみなが目撃しているのですよ? 調べるまでもないでしょう」
さっさとこの件を終わらせるべく、そう告げると、煌月が鋭い視線を向けてきた。
「ですが、それが仕組まれたものだとしたらどうです?」
「っ!?」
何処か自身有りげな煌月の表情。わたくしは態度には出さなかったものの、内心動揺する。
煌月が何故そんなことを言い出すの? 証拠になるようなものは何もない筈ですよ?
「煌月、何か掴んでいるのか?」
皇帝陛下の言葉に煌月が首を横に振るう。
「今はまだ。しかし、気になる点があるのは確かです」
その返しに「ふむ」と頷く皇帝陛下。ややあって、陛下は真っ直ぐ煌月を見据えると口を開いた。
「お前がそう言うのなら、気が済むまで調べると良い」
「なっ! 陛下っ!?」
わたくしが声を上げると、皇帝陛下が手を上げて発言を遮る。
「万姫は誰かを傷付けた訳ではないのだ。怪しい点があるのなら尚更、答えを急ぐ必要もあるまい」
「ですが……!」
「皇后にとっても同郷である万姫が何者かに嵌められていたのだとしたら、許し難いことであろう?」
それを言われてしまえば、何も言い返せなくなる。何より、ここで同じ夏家の万姫の処罰をわたくしが急かすのはおかしい。寧ろ万姫の罪が軽くなることを喜ぶべき所だ。
グッと喉元まで出かけていた声を押し殺す。
「寛大な皇帝陛下のお心遣い、感謝いたします。陛下が良いと仰って下さるなら、是非このまま煌月に調査をお願いしたく」
スッと礼を取ると「うむ」と皇帝陛下が頷く。まさか、万姫の件で調査が入ることになるとは予想外だった。
「煌月よ。期限は秋の宴が開催される一週間前までだ。今より約3ヶ月の間、万姫の対処は保留とし、離れでの生活が終了次第、罰が下るまではお妃候補として万姫に夏宮での生活を許すとしよう」
「ありがとうございます、皇帝陛下」
煌月が恭しく頭を下げる。
少々不味いことになった。まさかこの件に関して皇太子が調べたいと言ってくるとは思いもしなかった!
雪花にだけ入れ込んでいればいいものを、あの子が万姫を気に掛けるなんて……!!
顔に出さないよう気を付けながら、思わぬ展開に焦りを覚える。だが証拠は何も無い。頼んだ宮女はみな下級宮女だ。万が一に真実にたどり着く可能性は限りなく低いだろう。
「煌月、そなたの働きに期待していますよ」
わたくしはにこりと笑顔を作って忌々しい皇太子に笑顔を作って笑いかける。すると、向こうも取り繕う様に笑みを浮かべた。
「はい。皇后陛下のご期待に添えるよう、最善を尽くします」