6 快復
目が覚めると見慣れたベッドの天幕が目に入った。夕焼けの光が差し込む室内の様子に時間の経過を感じる。
わたくしはどのくらい眠っていたのかしら?
ズキズキと痛む頭を押さえて起き上がる。あれほど熱かった体は今は熱が引いているらしく、倦怠感のみが体に残っていた。
「雪花様!」
わたくしが起きたことに気付いた下級女官の美玲が驚いた声をあげる。
「鈴莉様!! 雪花様がお目覚めになりました!!」
その声にバタバタと複数の足音が聞こえてくる。鈴莉と共に駆けて来た下級女官の蘭蘭、麗麗の足音だった。
「雪花様っ!!」
目に大粒の涙を蓄えた鈴莉が飛び出してくると、ベッドの傍らでわたくしを勢いよく抱きしめる。
「わっ! ……鈴莉……?」
「殿下が雪花様を運んで来て下さって! っ、……でも雪花様ったら、ぐったりしていて! ……っ呼びかけにも応じてくださらないからっ! 私っ、心配でっ! ……心配でっ!! ……っ、ううっ!!」
わたくしより九歳も年上の鈴莉が、そのままわんわんと子どものように泣きじゃくってしまった。とても心配をかけてしまったようだわ。
「鈴莉、ごめんなさい。わたくしはもう大丈夫だから落ち着いて?」
そっと彼女の背中に手を回してポンポンとあやすように叩くと、ようやく鈴莉が体を離した。ぐすぐす鼻を啜りながら、まだ涙が引かない鈴莉に美玲たちも慰めるように彼女の肩を抱く。
「みんなも心配かけてごめんなさい」
「そんな……雪花様が謝る必要はございません!」
「無事にお目覚めになられて安心しました!」
「どうか、まだご無理なさらないでください」
気遣う言葉にわたくしが「ありがとう」と返事をすると「私、薬師を呼んで参ります!」と美玲が部屋を駆け出して行く。
「ところで、わたくしはどのくらい眠っていました?」
漸く落ち着いてきた鈴莉に尋ねると、彼女が目元の涙を拭いながら答える。
「今日で三日目です」
「まあ! そんなに?」
「はい。その間、殿下が毎日冬宮を訪ねてくださっていました。ですが、殿下にもしもの事があってはいけませんので、宮の中にはお通ししていません。それでも殿下は宮の前でいつも心配そうにしておいででした」
「殿下が……」
わたくしが何故あの離れにいたのかは、殿下のお耳にも届いている筈。
それなのに、どうして……?
「そういえば、わたくしあまり覚えていないのだけれど、ここへは殿下が運んでくださったのよね?」
「はい。それはもう大変慌てていらっしゃいました。途中で雪花様が魘されたようで、殿下はとても取り乱しておいででした」
「殿下にとんでもなくご迷惑を掛けてしまったのですね……」
シュンと俯く。
「殿下が王宮を留守にされていた間、罰を受けていたわたくしのような者を心配してくださるなんて……」
愛想を尽かされてもおかしくない状況ですのに……
「あの! 雪花様、その事なのですが、雪花様への疑いは晴れました!!」
鈴莉が嬉しそうにわたくしの手を握る。
「えっ?」
「ですから! 雪花様は何も品位を乱すようなことをされていないと証明されたんです!」
「証明? そんなのどうやって……?」
聞きかけたとき、「雪花様! 薬師をお連れしました!!」と美玲の声がして薬師が部屋に通された。
「雪花様、この続きはぜひ煌月殿下からお聞きください」
鈴莉は嬉しそうに言うと、診察のためにベッドの傍らを空けた。
*****
薬師の話によると、わたくしの熱は体を冷やしすぎたことが原因だった。また、一日に一食しか食事を摂らなかったことで栄養状態も良いとは言えない状況だった。そのため免疫が低下して、所謂“風邪”を引いたのだ。
伝染病の疑いもない為、薬を飲んで数日安静にしていればすぐに良くなるとのことで一安心する。
食後に早速渡された薬を飲む。良薬口に苦しとはよく言ったものだ。薬を飲んだあとに水を飲んでも暫くは口の中に苦味が残っていた。
「雪花様、先ほど殿下がお見えになりましたよ」
鈴莉がわたくしに笑いかけてくれる。
「雪花様のお体が治るまで面会が出来ないからと、これを私に預けて帰られました」
鈴莉がわたくしに白いマーガレットを差し出す。何時もは花を二、三本送ってくださるのに、今日は花束だった。
花の美しさはもちろんのこと、その量の多さに「まぁ」と感嘆の声を上げてそれを受け取る。
「殿下はわたくしがマーガレットの花が好きだと思っていらっゃるのかしら?」
いつもとは比べ物にならない花の贈り物を受けて、わたくしはそう疑問を口にした。
「それもあるかもしれませんが、私は違うメッセージが込められていると考えます」
鈴莉の言葉に「どういうこと?」と、わたくしは首を傾げる。
「きっと今までと変わらずに、……いいえ! 今まで以上に雪花様のことを想って下さっているということですよ!」
「そうかしら?」
「そうですよ!」
そっと殿下が送ってくださったマーガレットの花びらに触れる。どちらにせよ、殿下が冬宮の前まで来てこの花を届けてくださったという事実は変わらない。わたくしを想ってお花を持ってくる殿下は少し変わり者なのかもしれませんね。
「鈴莉、このお花飾っておいてくれる?」
「はい、雪花様!」
鈴莉がわたくしから花を受け取ると、軽い足取りで花瓶を用意しに奥へ消えていった。