58 久しぶりのお妃候補勢揃い
夏の宴まであと二週間に迫った頃。叔父様から3日前に45名の宮女が送られてきた、と雪欄様からの文で知らされた。無事、妃宮に配属されてホッと胸を撫で下ろす。だが、その中の4名が冬宮への移動を強く希望しているらしい。
「怪しいですね」
お茶を飲みながら「どう思う?」と傍に控えていた鈴莉に尋ねると、彼女がキッパリ答えた。
「付け加えると昨日、私の父から文が届いたのですが、45名の中に秀次様の右腕である雲嵐の愛娘が入っているそうです」
「まぁ! それは確かなの?」
「はい。本人が冬家で他の使用人に話しているのを聞いた者がいて、報告してくれたそうです」
雲嵐といえば、叔父様が幼い頃から彼に仕えている忠臣で叔父様の右腕と言われている。
わたくしのお父様、秀英が生きていた頃は、鈴莉のお父様が“秀英の右腕”と呼ばれていた。だけど、わたくしのお父様の死をきっかけに鈴莉のお父様は叔父様と雲嵐に冬家から追出された。だから、雲嵐との仲は最悪と言える。
そんな雲嵐には一人娘がいると聞いたことがある。だがその娘が冬家を訪れたことはなく、雲嵐も娘の名前を明かすことはなかったので、わたくしは勿論、鈴莉たちも彼女の名を知らない。
「もはや疑いの余地すらありません」
「そうね……」
雲嵐の娘が叔父様にとっての優秀な人材なのだわ。冬宮へ移動を希望している4人のうちの誰かに違いない。
「美玲や蘭蘭、麗麗は雲嵐のご息女について何か聞いたことはない?」
3人に尋ねるも、彼女たちも「いいえ」と首を横に振る。
「とりあえず、妃宮へ伺う際は新米宮女に気を付けるしかありません。それと、秀次様が見張りとして送り込まれた宮女が1人とは限りませんから、雲嵐の愛娘を暴いたとしてもあまり意味はないと思います」
「えぇ。分かっているわ」
冬宮へ移動を希望している4人全員が叔父様が見張りとして送り込んだ宮女の可能性もあれば、純粋に冬宮へ来たがっているだけの宮女もいるかもしれない。けれど、この状況では移動を受け入れるなんてとても無理だわ。雪欄様はわたくしに警告の意味も含めてこの文を送って来られたに違いない。
わたくしは形式的に宮女の移動に対する返事と、45名を受け入れてくださったことへのお礼を記して雪欄様に文を返した。
暫くは妃宮へ向かうのは控えることにして、夏の宴が始まるまでは舞の稽古に集中しましょう。
丁度、数日後には合同稽古もある。個々に見せ場がある舞のパートをどうしようか悩みながら、わたくしは舞の練習に励んだ。
*****
雨乞いの舞、合同稽古の日がやって来た。稽古場所として指定された部屋に天祐様と女官たちとで向かうと、香麗様が先に到着されていた。お互いに挨拶を交わして、万姫様と梨紅様が来るのを待っていて、ハタと気付く。
これは香麗様と2人っきりのチャンスだわ!
そう思ったのも束の間。直後に梨紅様が到着されて、香麗様のお話を聞くチャンスは早々に去っていった。
「おはようございます。お二人ともお早いですね」
彼女の声にわたくしたちも挨拶を返す。
「梨紅様、おはようございます」
「万姫様はまだのようですねぇ」
「えぇ」
「まぁ、あの方が最後なら機嫌よういてくれはるやろし、この前の始まりの儀みたいに、言い争わへんで済みそうで何よりです」
わたくしと香麗様は思わず苦笑いになる。だけど、梨紅様の仰ることも良く分かる。
気持ち良く儀式を終えるためにも争いは避けるに越したことはありませんもの。
「ですが、万姫様にお会いするのは久しぶりですわ。わたくし始まりの儀以来、会えておりませんから」
香麗様に言われて、そういえばと気付く。
「わたくしも始まりの儀以来、お会いしていませんわね」
「わたくしは一度お会いしましたよ。四度目のお誘いでやっとお茶会に来ていただけたんですよねぇ」
よ、四度目……! 都合の付く日程を提示せずにそれだけ断る方もどうかとは思いますが、梨紅様もめげずにお誘いされたのですね……
恐らく万姫様は梨紅様にお会いしたく無かったのでしょう。梨紅様のことだから、それを分かっている上で何度も誘われたんだわ。
「ずっと夏の宴でせわしなかったんでしょうねぇ。何せ、新しい事を始められましたから。あれから時間経ってますさかい、わたくしもお会いするんは久しぶりです」
それを聞いて思う。ここにいる誰も、暫く万姫様とお会いしていないのね。
「そやけど、万姫様ったら教えてくださってもええのに。お茶した時も夏の宴のことで動いてること、頑なに教えてくださらへんかったんですよ」
「それは、皆さまを驚かせたかったからですわ」
突然、室内に万姫の声が響いた。ハッと部屋の入り口を振り返ると、久しぶりに見る万姫様が女官たちを引き連れて部屋に入ってきた。
「皆さまお久しぶりですわ。わたくしよりも先に入らしているところを見ると、梨紅様も漸く後宮での序列を理解された様ですわね」
チラリと万姫様がわたくしを見て、それから梨紅様に視線が移動する。
「たまたまですわ」
スッと扇子を取り出した梨紅様がそれを広げると、ふふふっと笑われる。
結局、またこうなるのかしら……?
始まりの儀のようなことになってしまったら、お二人をお止めするのが大変だわ。
内心焦っていると、合同稽古の指揮を任されているらしい上級女官が「それでは」と声を張上げてわたくしたちの前に出た。
「皆さまお揃いになられましたので、雨乞いの舞の合同稽古を始めます」
彼女の衣の色で直ぐに皇后陛下付きの女官だとわかった。よく見ると皇后宮の筆頭女官だ。つまりは、冠帝国の後宮を管理する女官の中で一番位が高い女官ということになる。
スッとこちらを見る目は何か品定めでもするかのような視線だった。きっと、舞の稽古の段階からわたくしたちの態度や行動を見られているのだわ。つまり、稽古での行いもお妃候補としてのわたくしたちの評価に繋がるということだ。
思わず、ごくりと唾を飲み込む。忘れかけていたけれど、お妃候補が4人揃った時点で正妃の座をかけた戦いが始まっていることを改めて認識させられた瞬間だった。