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56 上級女官への道

 夏の宴まで一ヶ月を切った頃。わたくしの舞の稽古は順調に進んでいた。動きを体に叩き込んだわたくしは、しなやかで優雅な動きに見えるように繰り返し練習を行う。そして、鈴莉(リンリー)美玲(メイリン)たちに見てもらいながら、微調整を繰り返していた。


 雨乞いの舞は、お妃候補全員で一斉に踊り出すもの。目立つことも大切ではあるが、多少は息を合わせなければ全体を見たときに舞いとして成立しなくなってしまう。

 そのため、夏の宴の少し前とその後の2回、合同練習日が設けられていた。と、言っても4大家門はみな仲がよい訳ではない。(シァ)家と(トォン)家は言わずもがな。そして、夏家と(フォン)家は治める土地の境で頻繁に争いが起きている。以前、煌月(コウゲツ)殿下が東上灯(トウシャントウ)へ向かわれた件もその一つだった。


 その他にも治めている土地の広さや作物の収穫量、工芸品の生産等、上げればキリがないほど夏家と豊家は争い合っている。現に、お妃候補4人が初めて顔を合わせた始まりの儀の控室では、万姫様と梨紅様が言い争いをなさったぐらいだもの。こちらはこちらで根深いものがあるのでしょうね。


 (オウ)家は特に争っている家門はないけれど、だからといって他家と仲良くするわけではなかった。他の家門の出方を窺って、のらりくらり火の粉を躱している印象がある。


 そういう意味では桜家は争いを好まない家門なのかもしれませんね。まぁ、それは冬家も基本はそうなのですが。……叔父様に関しては権力に目が眩んで、変わってしまったといったところでしょうか。


「少し休憩しましょう」


 鈴莉の声に「そうね」と頷いて傍にあった椅子に腰を下ろす。その途端に、わたくしは疲労を認識した。体も汗だくだ。

 毎度のことなので、準備してくれていた雹華(ヒョウカ)明明(メイメイ)が直ぐに布を手にしてわたくしの体を拭いていく。それから明霞(ミンシャ)が冷えたお茶を運んで来てくれた。


「2人とも女官の試験に向けた勉強は順調?」


 問い掛けると、雹華が「はい」と頷く。


「読み書きの方は何とか。蘭蘭(ランラン)さんと麗麗(レイレイ)さんのお陰です」

「私は……読みは大丈夫なのですが、書く方にまだ苦戦しています」


 雹華に続いて明明が小さく答えた。

 雹華は飲み込みが早いようだ。学び始めて半年も経たないうちから読み書きは一通り出来るようになったらしい。彼女の瞳は自信に溢れていた。それに比べて、どこか自信なさげな明明。もしかすると雹華と自身を比べてしまっているのかも知れない。


「明明、この短期間で読みを覚えられたこと自体が素晴らしいことよ。大丈夫。まだ試験まで時間がありますから、引き続き頑張ってくださいね」


 笑いかけると、それまで暗く見えたいた明明の目が大きく開かれて、瞳がキラリと光った気がした。


「雪花様、ありがとうございます! 私、頑張ります!!」


 少し自信を取り戻した明明に、良かったと安心する。


「蘭蘭、麗麗、あなた達が教えている他の宮女たちはどうかしら?」


 少し離れていた所にいた蘭蘭と麗麗を呼ぶと、彼女たちがわたくしの前まで来る。


「はい。冬宮へ入った時期にもよりますが、殆どの者が簡単な読みは理解しています。早くから入った者の中には雹華の様に読み書きの両方を理解した者もおりますよ。そこの明霞もその1人です」


 蘭蘭に名前を挙げられて明霞が恥ずかしそうに、お辞儀する。


「他にも計算に長けた者もおります」

「まぁ、本当に?」


 まさか計算に長けた者も居るなんて、と驚く。

 わたくしは計算は苦手で後宮入り前には冬家で苦労して学んだものだ。


「みなとても頑張っていますわね。蘭蘭と麗麗のお陰よ」


「ありがとうございます」と2人がお辞儀する。


「秋の試験では数名の合格者が出そうね」

「そうなれば大変喜ばしいことです。冬宮も宮女の数が増えたので、ついでに上級女官も増えてくれるともっと嬉しいのですが」


 鈴莉がちらりと美玲、蘭蘭、麗麗を見た。その視線に3人がビクッと肩を揺らす。


「そ、そんな! 私たちは鈴莉様の足元にも及びませんよ!? 少し前まで、ご迷惑ばかり掛けていたのですから!!」


 そう言って美玲が首を横に振る。


 基本、(クワン)帝国でお妃候補の上級女官と呼ばれる人材は、その宮の管理を任された筆頭女官に限られる。ただし、宮で抱える宮女が50を超えると、お妃候補の宮でも5名までは上級女官の在籍が許されるのだ。そして正式にお妃となれば、その数に制限はなくなる仕組みだった。


 上級女官に上がるための条件は2種類ある。1つ目は上級試験を受けて合格すること。2つ目は大きな功績や手柄を残して、東宮の主である皇太子から直々に任命されることだった。


「宮女を増やして以来、鈴莉の負担が増えてしまっているものね」


 わたくしが苦笑いすると「とんでもございません。それが私の努めですから」と返事が返ってくる。


 鈴莉は冬宮に在籍する宮女や女官全てを指導、管理する立場だ。仕事の指示は勿論のこと、彼女達の変化に目を光らせ、時には相談に乗ることも必要で、その上でわたくしの一番の女官として行動を共にすることも求められている。


 基本的に新米宮女の教育は美玲たち3人に任せているが、鈴莉は教育の進捗も把握しなければいけない。宮で起こる全てを鈴莉が把握し、人の管理から建物の管理まで全て判断、対処しなければいけないのだ。勿論、冬宮の主であるわたくしの判断を仰がなければいけない案件もあるが、今のところ冬宮は鈴莉1人の手腕によって管理されている。

 つまり、美玲たちが上級女官になれば、仕事の分担が可能になるわけである。


「確か、上級試験も女官の試験時期と同じ日取りで、年に2回でしたわね」

「はい。現冬宮の女官である3人のうち1人でも良いので、合格してもらえるとありがたいです」


 じぃーっと、鈴莉が美玲たちに視線を送る。その圧力の様な物を感じているのか、彼女たちが何とも言えない顔で困っていた。


「そうですわね……」


 3人には新米宮女の教育を任せているし、蘭蘭と麗麗には宮女たちの勉強もお願いしている。美玲は実質、蘭蘭と麗麗を纏めたりしてくれている。

 わたくしがお願いしたとは言え、3人ともそれなりに忙しいのだ。人の面倒を見ながら自分の上級試験を受ける準備をするのは容易くはないだろう。それでも鈴莉に負担が掛かっているのは確かだった。


「3人とも今の仕事に無理のない範囲で良いから、上級試験のこと考えてくれないかしら?」


 わたくしが頼めば、断れないことは承知の上だ。それでも強制はしたくない。何よりこれは鈴莉の為だけではなく、冬宮全体の為でもある。


「……分かりました。上級試験の件、お引き受けます」


 美玲たちは何とか了承してくれた。

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