54 出店巡りのお誘い
わたくしが定期的に開催している刺繍の会は本日で5回目となった。以前の反省を活かして、今回は最初から梨紅様と万姫様にもお誘いの文を出した。煌月殿下に頼まれている香麗様の件は進まないことになるけれど、いずれ2人になれる日もやって来ると思うので、わたくしはタイミングを待つことにした。
万姫様は夏の宴で新たな催しを行うこともあり、今回も欠席されるとのことで、前回と同様に香麗様と梨紅様とご一緒している。
「そう言えば、雪花様も最近は雪欄様のところへ頻繁に通われてるそうですねぇ? 一体、どんなお話をされてはるんですか?」
針と生地を手に、黙々と作業をしながら梨紅様が中々痛いところを突いてこられる。けれど、お話する訳にはいかない。それは、こちらの手の内をひけらかすようなものだからだ。それに雪欄様のご懐妊は勿論のこと、冬の宴で何か新たな催しを考えていることは絶対に伏せておく必要がある。
「えぇ。少し雪欄様にご相談があったのですが、無事に解決しましたわ」
にこりと笑顔を作ってその場を取り繕う。どれもわたくしの一存で話すわけにはいかない事ばかり。これ以上、深く尋ねられると困るわたくしは内心ハラハラしていた。
「そうですか。それは良かったですねぇ」
にこにこと笑顔で頷く梨紅様。どうやら納得してくださったようだ。
「それにしても、夏の宴で国中から商人を呼ぶなんて凄いですよね! わたくし、今からとっても楽しみです」
「香麗様はお買い物がお好きなんですか?」
「え? あ、それは……そのっ、特別好きとかはないのですよ? 今回は何時も春と秋に開催される小さな出店とは違って、大きな催しですし、国中から集められるということは、珍しい物も見られるかもしれません。何より、故郷のお店も出店するかもしれないと思うと、楽しみなのです」
何時になく言葉を多く語られる香麗様。どこか気恥ずかしそうな彼女の姿に、わたくしと梨紅様は思わず顔を見合わせる。
香麗様は故郷からやって来るかもしれないお店が、よほど楽しみのようですわね。
「では香麗様、出店が並んだらわたくしと一緒に回ってくださいませんか? 香麗様の故郷で売られている物を教えてください」
これは香麗様と2人になれる絶好の機会ですわ! そう思ったわたくしは、ここぞとばかりに願い出た。
「へっ?……あ、構いませんよ」
苦笑いの香麗様。もしかして嫌だったかしら? それとも飛び付きすぎたかしら?
「いややわぁ。雪花様と香麗様お二人だけなんて、わたくしも一緒に回らせてくださいな」
梨紅様のお言葉にハッとする。彼女は刺繍の会の件で、以前わたくしがお誘いしなかったことを気にされていた。
香麗様と2人になれなければあまり意味がないけれど、ここで梨紅様を除け者にするのは後々面倒になるかもしれない。
「では、梨紅様も是非ご一緒に」
わたくしったら、また同じ過ちを繰り返すところでしたわ。
「えぇ。是非3人で回りましょう」
香麗様も頷かれた。けれど、どこかぎこちない笑顔。
もしかして、お一人で回りたかったのかしら? だとしたら、悪いことをしてしまったかも知れませんわね。
それにしても故郷のお店、か……
後宮では欲しい物を取り寄せることが出来る。だが後宮の外に出ることが出来ないわたくしたちは、国で今流行っているものを宮女たちから仕入れなければ、中々知ることが出来ない。つまり、知らなければ欲しい物として取り寄せることが出来ないのだ。そういう意味で故郷や帝都では何が流行っているのか知るいい機会ではある。
冬の宴のヒントもあるかも知れませんわね。
わたくしはそんな風に考えながら、手元の生地を一針ずつ進めていった。