52 夏の新たな催物
もう少しで夏がやってくる冠帝国は気温が日を追うごとに高くなっていた。
後宮入を予定していた宮女は一昨日に最後の5名がやって来て、予定していた22名全てが冬宮へ揃った。あとは叔父様から宮女が遣わされたら雪欄様の妃宮へ案内してもらうので、暫く冬宮に宮女が増えることはない。
美玲たち3人には教育係として朝から新米宮女に仕事を教えてもらって、夕方になると女官を目指す者には試験を受けるための勉強に励んでもらっている。
あと1ヶ月半もすれば夏の宴が開催され、それが終わると雨乞いの舞が行われる。
夏の宴は春や秋に比べると大した催しは無いが、夏家出身の皇后陛下や万姫様はそろそろ準備を始めていらっしゃる頃だろう。
わたくしは少しでも夏の宴で印象を残すために、新たな衣の作成を依頼した程度だ。それと並行して行うのは雨乞いの舞の準備だった。
今年と来年はお妃候補の序列を見定める期間になる為、わたくしたちお妃候補が舞を披露することになる。
後宮に入ってからきちんと舞の稽古をするのはこれが初めてだ。冬家で覚えた事を振り返りながら、他のお妃候補に負けないように、しなやか且つ、優雅に踊らなければならない。
扇子を用いてひたすら稽古に励む。
わたくしは舞が好きだった。幼い頃、お父様とお母様がよく舞を褒めてくださったからだ。それに、体を動かすと気持ちが良い。
「雪花様、少し休憩されませんか?」
額に浮かんでいた汗がつぅと頬に滑り落ちてきた頃、見かねた明霞が声を掛けてくる。
「冷えたお茶を用意させています。一先ず汗を拭きましょう」
鈴莉に言われて、ふぅっと息を吐いたわたくしは頷いた。
「……そうね。久しぶりだから時間が経つのが早くて、のめり込んでしまったわ」
雹華と明明が布を持って、わたくしの汗を拭いていく。暫くして、部屋の外からパタパタと足音が聞こえてきた。
何事かしら? と首を傾げると「雪花様!」と若汐が慌てて入って来る。
「若汐、はしたないですよ」
鈴莉が注意すると「申し訳ありません! ですが、早めにお伝えした方が良いと思いまして……」と言いながら乱れた息を整えている。
「先ほど、夏宮の女官と接触したのですが、今回の夏の宴は一週間開催し、その期間中は国中から商人を呼び寄せるようです」
「一週間!? しかも国中から商人を!?」
王宮では一年に2回、春と秋に帝都で商いをしている商人を呼び寄せている。
後宮の広間に市場が簡易的に開かれて、簡単に後宮の外に出られない宮女や女官たちが稼いだ給金で娯楽や必需品、装飾品、嗜好品を好きなように買えるようになっている。勿論、后妃様方やわたくしたちお妃候補も買い物が出来る。だけど、そんな市場もいつもは三日間で撤収となる。
それを一週間も、それも国中から集めるとなると大騒ぎだ。
少し前に万姫様が皇后陛下とよく会っておられたのは、夏の宴の相談も理由の一つだったのかしら?
そんな風に考えていると、「不味いですね」と天佑様が呟いた。
「今まで夏と冬の宴は、王族やお妃候補と妃嬪たちの会食、そして後宮にいる全ての者に普段より豪華な食事が振る舞われるだけでした。ですが、それが本当だとすると夏の宴は春と秋の宴の規模に近づくことになり、冬の宴とは差が開きます」
それを聞いた鈴莉が現状を理解して、深刻そうに眉を歪めた。
「冬の宴も何か工夫しなければいけない、ということですね」
それぞれの宴は準備を任される家門やお妃候補の評価に繋がる。今まで暑い夏と寒い冬は“如何に快適に過ごせるか”に重きが置かれていた為に、春や秋の様に盛り上がる催しは成されてこなかった。
「それにしても、そんな大規模な計画、よく皇帝陛下のお許しが出ましたね」
鈴莉が呟くと「私もそう思います」と天佑様が頷く。
「どれ程の商人を招くおつもりかは分かりませんが、王宮や後宮に出入りする商人の管理や警備を考えると、人がいくら居ても足りないと考えます」
『昔から夏家がコソコソ密会したあとは事が起きますからね』
何か起こるかも知れない。
雪欄様が仰っていた言葉を思い出して、そんなことを考えてしまう。
「とりあえず、皇帝陛下から正式に知らせがあるまでは待つしかありません」
天佑様にわたくしは「そうですね」と相槌を打つ。
「まだどんな規模かも分かりませんもの。その間に、冬の宴ではどうするか幾つか考えておきましょう。そして、折を見て雪欄様に提案出来るようにしておくのです」
雪欄様のお子が産まれたら、彼女はお忙しくなるでしょう。秋の宴は愚か、夏の宴すら始まっていないため気が早いですが、お子がお産まれになる前に雪欄と冬の宴の相談をしておかないといけないかもしれません。
「雪花様、お茶をお持ちしました」
宮女が奥から冷たいお茶を運んできたタイミングで机に座ると、わたくしはぼんやり冬の宴のことを考え始めた。