51 愛おしい気持ち
雪欄様に相談したことで叔父様からの文の件は一段落した。結果的に美玲や蘭蘭、麗麗に出してもらった文はあまり効果が無かったと言える。
叔父様はわたくしの状況を伝えてくれる者を送り込もうと必死のようだった。それを受けて、叔父様の美玲たちに対する信頼を少しでも回復させるため、鈴莉は定期的に叔父様へ文を出すよう彼女たちに指示した。勿論、内容はありきたりなものだけれど。
夕方、煌月殿下が冬宮にいらしたので、雪欄様に冬家から送られてくる宮女を引取って頂く件をご報告した。
「つまり、そなたの叔父から送られてくる宮女は、妃宮の配属で良いのだな?」
「はい。その様に案内していただけるよう、雪欄様からも女官を通してお話しされていると思います」
「分かった。……しかし、そなたも大変だったな」
殿下のお言葉にわたくしは苦笑いを浮かべる。
「叔父様は後宮の内情を理解していらっしゃらないのです」
「ふむ。……こんな事を言いたくは無いが、当代の冬家はあまり良くなさそうだ」
「ここだけの話し、わたくしもその様に思います。おそらくは雪欄様もその様にお考えかと」
何しろ、叔父様のことを“バカ”とお呼びになっているぐらいですもの。
「そう思うと、そなたのお父上は良く出来た御方だった。そなたのことになると少々頭の硬い所はあったが……当時皇子だった私にもきちんと礼を尽くした上で、キッパリと『雪花を諦めて欲しい』と言われたものだ」
「まぁ! それは申し訳ありませんでした」
驚いたわたくしは、慌てて今は亡きお父様に代わって謝罪する。王家の頼みを断るだなんて、不敬だと言われても仕方がないのに。
お父様はなんて大胆なことを!
「いや、良いのだ。それ程に雪花を大切に育てていることがよく分かったからな。そして何より、そのお陰でよりそなたのことがより愛おしくなって、諦められなくなったのだ」
その言葉に顔を上げると、殿下がわたくしを見つめていた。その瞳に吸い込まれそうな感覚がして、緊張からわたくしは動けなくなる。
そっと殿下のお顔が近付いてきて、顔が熱い。
「で、殿下……」
その時、「コホン!」と憂龍様が態とらしく咳をする。
「……憂龍、少しぐらい目を瞑ってはどうだ?」
「成りません。しきたりは守って頂かないと」
何処までも頑なな憂龍様に、先程までの緊張も忘れて思わず笑みが溢れる。そんなわたくしの姿に「雪花?」と不思議そうな煌月殿下。
「ふふふっ。煌月殿下、憂龍様。そのしきたり、もしかすると大したものではないかもしれませんよ?」
「どういう事だ?」
「この前、梨紅様のお茶会へお呼ばれした時に、彼女が教えてくださったのです。あのしきたりは、初代皇貴妃様の呪いから来ているそうですよ」
「そうなのか?」
「はい。それと、“しきたりは破るためにあるものだ”とも仰っていました。現に皇帝陛下はそのしきたりを破られていたそうです」
わたくしの話を聞いて、憂龍様が「なっ!」と声を上げる。その後、それ以上声が出ない様子で口をパクパクされていた。
「なるほど。父上が……」
何やら考え込む煌月殿下。それを見て、ハッと正気を戻した憂龍様が声を張り上げる。
「だっ、だからといって! 簡単にしきたりを破られては困ります!!」
「ハハッ、憂龍は本当に真面目だな。……仕方がない」
クスリと笑った殿下がわたくしを引き寄せる。気付いたときには、頬に一瞬だけ柔らかな感触がしたあとだった。後ろに控えていた女官や宮女たちの「ひゃぁ!」という黄色い声が部屋に小さく響く。
「今はこれで我慢するとしよう」
「……え? ええと?」
今、何が起こったのでしょうか?
一瞬の間に殿下のお顔が近くなって、それで頬に……?
パチパチと瞬きをして、それから頬に口付けられたことを頭が理解すると、一気に顔が熱くなった。わたくしは真っ赤になっているかもしれない頬を押さえる。その姿を見ていた煌月殿下がくすくすと笑った。
「こっ、煌月殿下っ……!!」
「うむ。早く慣れて欲しいとは思うが、照れる愛らしい雪花が見られるのなら、これも悪くないな」
そう言って、嬉しそうに煌月殿下が笑うものだから、わたくしはそれ以上何も言えなくなってしまった。
最近の煌月殿下はこうやってわたくしをどきどきさせてくるから、心臓に悪いですわね。
そう不満に思いつつ、嬉しいと感じているわたくしがいて、“あぁそうでしたわ”と思う。
これが、“好き”という気持ちでしたわね。