49 相談事
雪欄様に文を出すと翌日には返事が届いた。そうして数日のうちに雪欄様とのお茶会が決定した。
「雪欄様、快く承諾してくださりありがとうございます」
妃宮を訪れたわたくしは促された席に雪欄様と向かい合って座った。テーブルには香りの良いお茶と菓子が並んでいて、どれもわたくしがよく知る北部の名産品だった。
「雪花が珍しくわたくしを頼ってきたのだ。断るわけがない」
それを聞いて、鈴莉の言葉を思い出す。
『雪欄様は雪花様が頼って下さること嬉しいと思いますよ』
「ありがとうございます」
「それで? 相談したいことというのは?」
雪欄様からの問い掛けに、わたくしは若汐から報告を受けた件を説明した。聞き終えると雪欄様がお茶を一口啜る。
「確かに、雪花が言うように最近は万姫が頻繁に皇后宮を訪ねていた。わたくしもその姿を二度ほど目撃している」
「そうでしたか」
「皇后陛下が何を考えているかは、わたくしにも分かりかねる。だが、何か企んでいるのは確かであろう。昔から夏家がコソコソ密会したあとは事が起きますからね」
それを聞いてわたくしは苦笑いを浮かべる。
まるでお家芸のようですわね。
「煌運殿下の件は災難だった」
「はい。ですが、わたくしももっと気をつけるべきでした」
「そうだな。雪花は少し脇が甘い故」
「まぁ」
キッパリと言い切られて、わたくしはグサリと胸を突かれたような気分になった。
「第二皇子を弟のように可愛がるのは悪いことではない。しかし、本人がそなたに気があると分かっていたのなら、時には冷たくあしらうのも後宮での生き方ですよ」
「……はい」
流石は雪欄様。わたくしよりも後宮で長く過ごされた分、後宮での生き方を熟知されている。
「そうやって、噂話や企みの元に成りそうな出来事を潰しておくのも大事なことだ。それが、回り回ってそなたを守る盾になるのだからな。もしも、夏家の人間が煌運殿下とのことで、難癖を付けてきたならば、それは今回のそなたの脇の甘さが招いたことだと心しなさい」
その言葉にハッとさせられる。わたくしと煌運殿下の件は、わたくしの弱みになり得るということなんだわ。つまりは。この件で脅されたり、利用されたりする可能性が十分あることになる。
「分かりました。心得ておきます」
答えると雪欄様の表情が少し柔らかくなる。
「それはそうと皇后と万姫の件について、こちらでも何か分かった事があれば、そなたに連絡するとしよう」
「ありがとうございます。そう言って頂けて心強いです」
「それで? 相談したいことはこれで終わりか?」
「実は……もう一つあるのです」
答えて、わたくしは冬家前当主時代の元使用人やその身内から、宮女として後宮に上がってくれる人を探していたことを説明した。そして、冬家の分家筋からその件が叔父様の耳に入り、叔父様から文が届いたことも。
その文を見せながら叔父様が人集めに動いていて、何名か人選し始めていることを話す。
「全く、あの馬鹿は……」
呟いた雪欄様が溜め息をこぼす。
雪欄様がまた叔父様を”馬鹿“とお呼びになったわ……
「叔父様がわたくしと共に後宮へ送った女官3名と、わたくし自身もお断りの返事を出したのですが。丁度、一昨日届いた叔父様からの文には“遠慮は要らない”と記されていまして」
そう話せば、文に視線を落としていた雪欄様がわたくしを見る。
「雪花、今そなたの宮には女官と宮女、合わせて何人が仕えている?」
「はい、先日新たに5名増えて今は51名です。あと22名が後宮入を控えています。当初の予想より沢山良いお返事が頂けたお陰で、目標は60名ほどの予定でしたが、合計で73名になる予定です」
「なるほど。それで秀次のバカは雪花が冬家前当主時代の使用人たちから集めたおよそ40名に張り合って、45名用意すると息巻いているのだな?」
「…………そのようです」
流石、雪欄様。今のお話でそこまで分かったようですわ。
だけど、もし本当にそうなったら冬宮は宮仕えが118名の大所帯となる。これはお妃候補としては異例の事態だ。
「わたくしの妃宮の総数が129名だ。これでは殆ど差がなくなってしまう」
「そうなのです」
「確か貴妃様のところが150名程。……やはり、そなたのところが目に付くだろうな」
「どうにかして、后妃様方の宮に迫る人数になるのは避けたいのですが、叔父様はそれを分かっておられないようなのです」
わたくしは思わずため息を付く。
「だからといって、既に宮仕えに抱えたものを戻すのも酷な話だ」
「えぇ。ですから、それは避けたいと思っています。どの宮女もわたくしと鈴莉、それから天佑様でしっかり選んだ宮女です」
そう、明霞を始めとして元々後宮に仕えていた宮女も優秀な人材ばかりだ。それを手放したくない。何より、わたくしを信じて冬宮の宮女に名乗り出てくれた者たちだ。そんな彼女たちを裏切ることは出来ない。
「……では秀次が送ってくる45名は、わたくしの宮で預かるとしよう」
「え?」
思いがけない提案が急に降ってきて、驚いたわたくしは目を見開いて雪欄様を見つめた。
「冬家が集めた人間なのだ。冬家出身のわたくしが宮女として召し抱えても問題ない筈だ」
「ですが、叔父様はきっとわたくしの監視役も兼ねた、叔父様にとって都合のよい人材も紛れ込ませていると思います。その様な方が居るかも知れないのに良いのですか?」
流石に雪欄様をそのような面倒に巻き込むわけにはいかないという思いで尋ねる。しかし、彼女は案外けろりとした顔をしていた。
「少々面倒ではあるが、役に立たないと思ったらその者に暇を出せば良い」
ニコッと雪欄様が笑いかけてくる。こんな面倒事を引き受けてくださるなんてと、わたくしはじんわり胸が熱くなる。
「ありがとうございます、雪欄様」
「丁度、秀鈴の為に人を増やしたいと思っていたのだ。あと、半年もしたらあの子にばかり目を掛けてやれそうにないからな」
そのお言葉にわたくしは「えっ?」と目を丸くする。すると、身を乗り出した雪欄様が人差し指を自身の唇の上に乗せて、少しだけ声を潜める。
「まだ誰にも言うでないぞ? 無論、ここに居る者も全て、皇帝陛下が発表されるまで口を滑らせてはならぬからな」
「それって……?」
呟くわたくしに雪欄様は目立たないように羽織っていた上着を脱ぐと、詰め物を取り出す。
現れた彼女のお腹は少しふっくらとしていた。それを目にして、わたくしは雪欄様に子が出来たのだと即座に理解する。
「まあまあ!! おめでとうございます!」
「ふふふっ、まだ気が早い。秀鈴の時のように、今度もわたくしはこの子を守ってみせるぞ」
そう言った雪欄様はとても嬉しそうだった。