47 刺繍の会の新しい顔ぶれ
煌月殿下に香麗様の件を頼まれてから数日が経過した。
わたくしはまた彼女と刺繍の機会を設けていた。今までと少し違うのは、今日は梨紅様もご一緒という点だ。
「嫌やわぁ。雪花様ったら、お茶したときに言うてくださったら良かったのに」
「配慮が足らずに申し訳ありません。わたくしも香麗様とお茶がしたかったのです。それで、刺繍はわたくしと香麗様の共通の趣味でして、ついでみたいなものですわ」
本当は香麗様と2人でお話がしたかったのですが……
梨紅様が香麗様とお茶会をした時に、話の流れで香麗様が今回の刺繍の会の話をされて、梨紅様も急遽参加となったのだ。
どうしましょう!! ただでさえ、香麗様がわたくしに悩みを打ち明けてくださるか分からないのに!
きっと、梨紅様の前ではまだ話しづらいこともある筈。これでは煌月殿下から任された本来の目的は果たせそうにありません。
わたくしたちとは場所を分けてはいるものの、今回も女官や宮女で刺繍に興味のある者は参加して良いことにしていた。けれど、急だったからなのかは不明だが、梨紅様のところからは誰も参加しなかった。
香麗様、梨紅様とご一緒することになったので、万姫様を呼ばない訳にはいかなくなり、わたくしは前日に慌てて文を出した。けれど皇后陛下とお約束があるらしく、彼女からはお断りの返事が来ていた。
まだ数回目の開催ではあるものの、自分でも時間を作って練習している美玲は以前より上達していて、わたくしとしては嬉しい限りである。
「それにしても万姫はまたいらっしゃらへんのですね。わたくしも香麗様とお茶した後、もういっぺんお誘いしたのに断られてしまいました」
「そうなのですか?」
香麗様が尋ねると梨紅様が頷く。
「えぇ。皇后陛下とお約束がある言うて、また断られてしまいましたさかい」
「えっ? 梨紅様も?」
「“も”言うことは雪花様も?」
「はい。お誘いしたら、お返事にはその様に書かれていました」
頷くと梨紅様が顎に人差し指をあてながら考えを巡らせる。
「こないに何度も皇后陛下とお約束されてはるなんて、なんや気になりますねぇ」
「皇后陛下は万姫様と同じ夏家の方ですから、何かと気にかけていらっしゃるだけではありませんか?」
「香麗様、もしもそうやとしたら万姫様の後ろ盾は実質のところ皇后陛下やさかい、わたくしたちはえらい苦戦を強いられることになりますよ?」
梨紅様の指摘に香麗様が「あっ」と声を漏らす。
「……そうでしたね」
「はて、どんなお話をされてるんか気になりますねぇ」
「そうですわね」と相槌を打ちながら考える。
万姫様が何か企んでいるとなると、若汐に聞けば何か分かるかもしれませんわね。と、言っても、その若汐も今は他の女官や宮女たちに混じって刺繍に取り組んでいる。彼女には後で頼んでみましょう。
「雪花様、香麗様、梨紅様、煌月殿下がお見えになりました」
鈴莉の声にパッと顔を上げる。香麗様が冬宮を訪れている間に煌月殿下にお越し頂けるよう、刺繍の会を開く日程が決まった時に文を送っていた。勿論、殿下は公務がお忙しいので必ずその時間に来られるという保証は無かったけれど、どうやら時間を作ってくださったようだ。
「お通しして」と声をかけると扉の前にいらした煌月殿下が中に入ってくる。
「雪花、香麗、それから梨紅も。3人揃っているとはな」
「はい。刺繍をご一緒しようと香麗様をお誘いしたら、香麗様が梨紅様をお誘いしてくださって、賑やかな会となりました」
「そうか」
「どうぞ、おかけ下さい」と声を掛ければ、鈴莉が殿下をわたくしたちの机に誘導する。
「お妃候補が3人揃うことになったので、どうせなら万姫様もご一緒にとお誘いしたのですが、皇后陛下とお約束があったようで断られてしまいました」
わたくしが話しの続きを再開していると、最近入ったばかりの宮女が殿下にお茶をお出しする。
「皇后と先約か、それは残念だな」
「煌月殿下も気になりますよねぇ。どうやらここのところ、皇后陛下とは頻繁にお会いされているようなんです」
梨紅様のお言葉に煌月殿下がピクリと目を見張った。殿下の後ろに控えていた憂龍様は顔には出されなかったものの、きっと殿下と同じ様に不思議に思われたに違いない。
「そうだな。一昨日万姫の元を訪ねたが、皇后の所に通っているという話しは出てこなかった。内緒にされているのだとしたら寂しいな」
「寂しくなる必要はございません。煌月殿下にはわたくしたちがおります。わたくしは殿下のこと毎日お待ちしております。寂しくなどさせませんので、春宮へいつでもお越し下さい」
香麗様が煌月殿下を見つめる。煌月殿下から聞いてはいたけれど、今のお言葉を聞くとやはり香麗様は焦っておられるのかも知れない。
「あぁ、そうだな」
「まぁ煌月殿下? わたくしも毎日秋宮でお待ちしてますさかい、いつでもいらして下さいね」
梨紅様が上目遣いで煌月殿下を覗き込む。
「分かった、分かった。勿論だ」
楽しそうに笑う殿下にわたくしも微笑みながら言葉をかける。
「煌月殿下、わたくしもいつでも冬宮でお待ちしていますよ」
「あぁ。毎日会いに行くよ」
微笑返してくださった殿下はわたくしにキキョウの花を差し出した。
「2人にも贈り物だ」
告げた殿下は香麗様と梨紅様にカスミソウの花を渡した。