46 皇后の謀
『さぁ煌運、暫く頭を冷やしてよく考えなさい。皇太子となって雪花を手に入れるか、それともこのまま第二皇子として時が来たら煌月に仕えるか、はたまた王宮を去るか』
煌運にそんな話をして数日が経った。暫く部屋に籠もっていた煌運だったが、外に出て剣術の稽古に励み出した。それだけでは無く、勉学の方も以前より身が入っているように感じる。その姿にわたくしは笑みを浮かべた。
あの子も漸く皇太子になるつもりになったようね。
夏家縁の皇子が皇太子を目指し始めた事実を嬉しく思う。それと同時に、そうとなれば話を進めなくてはと、腹を括った。
これから煌運を皇太子にするためにはどうすべきか、わたくしには考えがあった。早速、煌雷殿下に煌運の準備が整ったことなどを記した文を出す。勿論、検閲に引っ掛からないように工夫を凝らした。
動くためには準備が必要で時期も大切だ。それを間違えると取り返しがつかなくなることだってある。だから、返事が返ってくるのには少々時間がかかるかもしれない。
それまでは気長に待つしかなく、ゆっくり季節が過ぎるのを待っていた。そんなある日のこと。皇帝陛下が珍しく昼間に皇后宮を訪ねてきた。
「皇帝陛下」
まさか約束もなしに昼間に皇帝陛下が訪ねてくると思っていなかった宮女が慌てる。
「このような時間に急にいらして下さるなんて嬉しいですわ。本日はどうされたのですか?」
わたくしは機嫌よく出迎えたが、対する皇帝の表情は険しかった。
「どうもこうもない。皇后よ、煌運が東宮を出入り禁止になったぞ」
その言葉に「え?」と顔をしかめる。
「昨日、煌月から申し出があったのだ。詳細を聞いて了承した。皇后、そなた煌運のことしっかりと見ていたのか?」
「も、勿論でございます。近頃は剣術の稽古に身が入っておりました故、頼もしく育っていると喜んでいたところに御座います」
答えると、皇帝は何故煌運が東宮を出入り禁止になったのか経緯を語った。話を聞き終えたわたくしは、怒りの感情が込み上げてくる。
まさか、原因が冬家の娘だったなんて!
いつの時代も冬家の人間は夏家の邪魔をする! なんて不愉快極まりない一族なのかしら!!
ギリィッと手元の扇子を強く握りしめる。
「煌運が雪花を気に入っていることは朕も知っていた。だが、彼女は煌月のお妃候補。今回の東宮への出入りを禁ずることになったのはこれ以上、間違いが起こらぬよう距離を取らせる措置だ。そもそも、第二皇子が頻繁に東宮の後宮を行き来すること自体良くないこと。最近は減っていたから朕も安心しておった。……非常に残念じゃ」
「……わたくしの監督不行き届きです。申し訳ございません」
屈辱を堪えてスッと頭を下げる。
「うむ。第二皇子として正しい判断と振る舞いを行うよう指導してやってくれ。くれぐれも立場をわきまえるように、と」
告げると皇帝は戻っていった。
よりによって、冬家の小娘のせいで煌運の評価が下がってしまった。
────あの時、煌月も消しておくべきだったかしら?
ふと、そんな考えが頭をチラつく。
当時は冬家の人間が皇子を産まなければ何でも良かった。だから皇貴妃が懐妊したと知らせを受けた時は放置した。
煌運を産んだとき、あの子が第二皇子となってしまったことを少しだけ悔やんだ。だが、皇太子は年功序列で選ばれる訳では無い。才覚や力量など様々な点を考慮して皇帝が決めるのだ。
だから巻き返せば良いと考えていた。いざとなれば夏家の後ろ盾もある。どうにでも出来ると思っていたのに、皇帝は煌月に目を掛けた。
戦場に煌月を駆り出したときは、煌運という代わりがいるからどうでも良いとお考えだと思っていた。けれど違った。あれは煌月を皇帝として相応しいか試すためのものだったのだと後で気付かされた。
それにしても、何故よりによって煌運は雪花を気に入ったのかしら? あれ程、夏家のご先祖様のお話をしたというのに、雪花が関わるとあの子はわたくしの言うことをまるで聞かない。
……まさかとは思うけれど、小娘とはいえど相手は冬家。雪花があの子に何か含んだのかしら?
忌々しいわね!!
「恐れ入ります。皇后陛下」
部屋の外から女官の声がする。
「なんです?」
苛立ちを抑えて尋ねると控えめな声が話を続ける。
「万姫様より文が届いております」
「万姫が?」
また何か頼み事かしら? 全く。あの子も使えないわね。わたくしを頼ればすぐ解決してもらえると甘えているのかしら? まぁ良いわ。万姫がわたくしを利用しているように、わたくしもあの子を利用するだけですから。
「入りなさい」と告げて女官から文を受け取る。
そこには雪花と煌運の件で話がしたいといった旨の内容が書かれていた。
今回の件がもう万姫の耳にまで入ったとは考えにくい。おそらく煌運が雪花に気がある件だ。
まぁ良いでしょう。わたくしも丁度どうにかしたいと思っていた所ですもの。 さて、いつが良いかしら? なるべく早く早めに会ったほうが良さそうね。
日取りを考えながら万姫に返事を出す為、わたくしは筆を執った。