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44 梨紅様の考え

雪花(シュファ)様、本日はお越し下さりおおきに」

「いえ、こちらこそお招き下さりありがとうございます」


 始まりの儀から数日後。わたくしは梨紅(リーホン)様からお茶会に招かれていた。

 机に向かい合って座るわたくしたちの前にはお茶とお茶菓子が並べられている。


 梨紅様は儀式の前や宴の席で万姫(ワンヂェン)様や両陛下を相手に臆することなく堂々と発言されていた。だから、わたくしは緊張からつい身を固くしてしまう。


「わたくし、4大家門の中では後宮入りが一番遅かったさかい、お妃候補の皆さんと親睦を深める機会が必要や思いましてね。一先ずお茶の席でおひとりおひとりとお話ししてみよう思たんです」

「そうなのですね」

「それで年長者や位が上の者を敬うように言うて、また騒がれるのは面倒やさかい、一番に万姫様に文をお出ししたのに、先に皇后陛下との約束があるやらで、断られてもうて。なんや扱いの難しいお方ですねぇ」


 最後は独り言のように呟いて「はぁ」と溜め息を付く梨紅様に、わたくしは苦笑いを浮かべる。


 梨紅様でも万姫様を扱いが難しいと思われるのですね。

 それにしても、あれ程『わたくしみなさんと馴れ合う為に後宮へ上がったわけやありませんから』と仰っていた方が、“親睦を深めたい”と仰るなんて思ってもみませんでした。


「ふふふっ、そのお顔は馴れ合う気はあらへん言うとったわたくしが何で親睦なんて? と、思てはりますねぇ?」


 聞こえてきた言葉に「えっ」と思わず固まる。梨紅様の細められた目が、少し妖艶な雰囲気を醸し出してした。


 わたくし、顔に出ていたのね。そうと分かれば、梨紅様の前で誤魔化しても意味はないと素直に頷く。


「えぇ。まぁ、……そうです」

「確かに馴れ合う気はあらしません。けどこの先、煌月(コウゲツ)殿下を共にお支えする身やさかい。ライバルとはいえ、お互いを知ることは必要や思うたんです」

「それは、わたくしもそう思います」

「そやさかい、ええ距離感で仲良うしましょね。雪花様」


 にこりと梨紅様が笑う。それだけで梨紅様の計り知れない心の中を少し覗いたような気がして、背筋がゾクッとした。


 “ええ距離感で仲良く”とは、具体的にどんな距離感かしら? と思うと、張り付けた笑顔が引き吊りそうだった。


「是非、よろしくお願いします。……それにしてもこのお茶、とっても良い香りですね。こちらのお茶菓子も初めて目にしましたわ」


 わたくしは話題を逸らすように言葉を紡ぐと「流石は雪花様ですねぇ」と、梨紅様の雰囲気が柔らかくなる。


「このお茶は唐永(タンヨン)の名産品です。唐永はお茶の産地としてはクワン帝国で一番やさかい。是非飲んで貰いたかったんです。それから、こちらのお茶菓子は東部で昔からある人気の菓子なんですよ。わたくしもえらい好きで、よう食べてました。東部は沢山の種類の食物や果物が実るさかい、美味しい食べ物は東部から発信される言うても過言やない思てます」


 流暢に語りだした梨紅様。

 わたくしはもしかするとこれが本来の梨紅様なのかもしれないと、考える。


「梨紅様は故郷が大好きなのですね」

「勿論です。生まれ育った故郷は特別やさかい。雪花様かてそうでしょう?」

「え……、わたくしは……」


 問われて少し考える。家族を失ってからは、叔父様の家がわたくしの家になった。そして、生まれ育った屋敷は現(トォン)家当主となった叔父様の手に渡って、今は叔父様たちが住んでいる。


 わたくしはお妃候補としての教育もあって、あまり外出が出来なくなっていたから故郷にあまり思い入れがない。生まれ育った屋敷は大好きだった。けれど、あの頃とはすっかり変わってしまった。それでも、あそこには家族との思い出が沢山詰まっているのもまた事実だ。


 そういう意味では、故郷はわたくしにとっても特別なものなのかも知れませんわね。


「そうですわね。……特別で、大好きでした」

「……もう帰ることは出来やしませんものね」


 複雑な感情で呟いたわたくしの言葉に、梨紅様も故郷を思い出しておられるのか、ポツリと呟かれた。


「お茶菓子どれも絶品やさかい、遠慮のう食べてくださいな。お茶のお代わりもありますさかい」

「ありがとうございます。頂きます」


 笑いかけて、お茶菓子に手を付ける。一口大のお団子を口に入れると中に甘い餡が入っていて、口の中が幸せに包まれた。


「とても美味しいです」

「そら良かったです。どんどん召し上がってくださいな」


 にこにこと梨紅様が嬉しそうにすると、彼女も一口菓子をつまんだ。


 梨紅様にもこんな一面があったなんて、お茶に誘われなかったら知らないままでしたわ。


「それはそうと、雪花様はもう煌月殿下と何処まで進まれました?」

「え? ……何処までと言うのは?」

「もう口付けは済まされました?」

「っ!?」


 口に含んでいたお茶が気管に入って、ゴホゴホと咽る。


 控えていた鈴莉(リンリー)明霞(ミンシャ)が「雪花様!」と駆け寄って来る。梨紅様も少し驚いた表情で「雪花様、大丈夫ですか?」と尋ねた。


「……っ、えぇ。大丈夫です。少し驚いてしまって」

「驚く?」

「……はい。梨紅様もご存知ですよね?婚姻前の口付けはしきたりで禁止されていること」


 告げると一瞬彼女が目を見開いた後、「ふふふっ」と可笑しく笑う。その様子にわたくしは困惑して瞬きを繰り返す。すると、未だ笑いの修まっていない様子の梨紅様が何とか話し出す。


「雪花様ったら、そんなんは破るためにあるんですよ?」

「え? い、いえ! ですが……」

「現に今の皇帝陛下は婚姻前に今の后妃である皇貴妃様や妃様とされとったそうですよ」

「えぇっ!?」


 皇貴妃様は煌月殿下のご生母。そして、妃様は雪欄(シュェラン)様のことだ。


「あ! これは煌雷殿下から内密に聞いたお話やさかい、くれぐれも内緒に」


 付け足された言葉にコクコクと頷く。


「他にも歴代の皇帝はお気に入りのお妃候補にそうされて来た方が殆どなんやとか。このしきたりは、昔の(シァ)家出身の皇后陛下が決められたそうですよ。そもそも婚姻前とはいえ、世継ぎをもうけるための後宮でそういったことを禁止にするしきたりなんて変や思いません?」


 尋ねられてハタと考える。


「……言われてみれば、そうですわね」

「噂では冬家のお妃候補に嫉妬した夏家のお妃候補が皇后陛下に泣きついたんやとか。このままでは、冬家に皇后の座を奪われると焦らはったんやろね。まだ正式な婚姻も済んでへんのに、品位に欠ける行為や言うて」


 まるで今の万姫様みたいですねと、頭の中に彼女のお顔が浮かぶ。


「反対の意見も多かったようやけど、当時の皇后には皇帝も強う意見できひんかったみたいで、通ってしもたみたいです」


 つまり、あのしきたりは冬家と夏家の確執から生まれたものだったのですね。


 では、これも初代皇貴妃様の呪いということなのかしら?


「わたくし、こんなん嫌なんです。冠帝国の歴代皇后はその殆どが夏家。後宮で起こってきた出来事を振り返ってみても何でもかんでも夏家の思い通り。そないな後宮、うんざりや思わしません?」


 梨紅様の仰ることは、わたくしにも思うところがあるものばかりだった。


「……ですが、家門の大きさで言うと夏家は冠帝国一ですもの。わたくしは仕方ないこともあると、思っていました」


 権力のある家門には逆らえない。それが弱い家門の立場にあるわたくしの考えだった。


「“思っていました”ってことは、雪花様も今は考え方がちゃうんですか?」


 その問いかけに、わたくしは考えを整理するように顎に手を当てて少し首を捻る。


「違う、というより夏家だろうと負けたくない。という感じでしょうか? わたくしも煌月殿下のお隣に立って、その……皇后になりたいと思っていますので」

「あら、雪花様はてっきり後宮に残れたら何でもええと考えてるお方や思てました」


 中々鋭い考察力の梨紅様に少し驚きながら、わたくしは頷いて答える。


「後宮に来たばかりの頃はそうでしたよ。でも考えが変わったんです」

「へぇー。煌月殿下は雪花様の考えが変わるほどのお方なんですねぇ。まだここへ来て間もないさかい、わたくしはよう分からしませんが、ここ数日で少し分かったことは、煌月殿下は世間で流れてる冷酷無慈悲とか言う噂とは違うて、えらい素晴らしいお方ゆうことですね」

「えぇ。寧ろとてもお優しいお方でしたから、わたくしも驚きましたわ」

「確かにお優しい方でした」


 思い出すように呟いた梨紅様。少し間をおいて「わたくしはね」と話を続けられる。


「夏家に一泡吹かしたい思てるんです。そやさかい皇后になりたいんです。それに、折角後宮に来たんやさかい。どうせ一生ここから出られへんなら、上を目指したい思うのはせめてもの足掻きやと思うんです」

「夏家に一泡、ですか」


 梨紅様は誰に対しても臆することなく立ち向かわれるお方のようだ。

 わたくしも万姫様に負けないように、とは考えたことがあるけれど、一泡吹かせたいだなんて考えもしなかった。それも夏家を相手に。


「えぇ。退屈しのぎにピッタリで楽しそうやと思わしませんか?」

「た、退屈しのぎ? ……ですか!? 夏家をお相手にして、そんな風に思えるところが凄いと思います」


 わたくしだったら、その後どうなってしまうか気が気ではありませんね。


「ふふふっ。せやけど雪花様かて中々やとわたくしは思いますよ?」

「え? わたくしがですか?」


何も心当たりがないわたくしは梨紅様に尋ね返す。


「えぇ。何や言うてもあの万姫様は雪花様をえらい警戒されてますさかい。やっぱし、煌月殿下に気に入られる言うのは脅威やと思うんです」

「わたくしが、煌月殿下に気に入られてる?」

「まぁ。雪花様ったら、わたくしが知らへんとでも? 雪花様は煌月殿下が毎日お忙しい中、時間を作ってでもお会いしたい相手。つまり、現時点で煌月殿下の寵愛を受けてる言うても過言やあらしませんさかい」

「ちょう……あい…………」


 梨紅様の言葉を復唱して頭が意味を理解すると、途端に頬が熱くなっていく。確かに、この場合は寵愛という表現が当てはまるのかもしれませんわ。


「雪花様は意外と鈍感なんやねぇ」


 クスクス笑う梨紅様に恥ずかしさで余計に顔が熱く感じる。


「梨紅様、からかわないで下さい」

「雪花様と煌月殿下が相思相愛なら、わたくしが夏家に一泡吹かせる為にはもっと頑張らなあきませんね。それか、いっそ…………」


 そこまで言って梨紅様が口をつぐむ。


「どうかされましたか?」


 不思議に思って尋ねると「いえ、何にもあらしません」と彼女は笑った。

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