43 叔父様からの文
始まりの儀から3日が過ぎた。
「雪花様、本日からよろしくお願いいたします」
以前より、鈴莉のご両親に協力してもらって集めた冬家の元使用人やその身内から、新米宮女として12名がやって来た。まだ時間は掛かるが、あと30名ほど後宮入りすることが決まっている。
今日後宮入りした者の中には知っている顔も何人かいて、久しぶりの再会にわたくしは嬉しくなる。
「みな、よく来てくれました。これからどうぞよろしくお願いしますね」
わたくしが挨拶をすると「はい」と揃った返事が返ってくる。
「雪花様、お元気そうで何よりです!!」
「我が家は前ご当主様に大変お世話になっておりましたので、両親が冬家の使用人を解雇されてからも雪花様のことをずっと心配しておりました」
「後宮で雪花様にお仕えできること、家族もみな喜んでいます!」
それぞれ話してくれる内容は少しずつ違うものの、前冬家当主が亡くなってからもわたくしを心配してくれていたことがよく分かる。それから、お父様がどれだけ使用人たちから尊敬されていたのかも。
「心配掛けてごめんなさい。みんなありがとう」
わたくしはお父様のお顔に泥を塗らぬよう頑張らなくてはいけませんね。
「皆さん、挨拶はその辺りで」と鈴莉の声が響く。
「皆さんにはこれから冬宮での仕事を覚えてもらいます。それと、女官希望者には秋に行われる試験に向けて、毎日夕方の勉強会にも参加してもらいますから、そのつもりで。ここからは皆さんの教育係となる美玲と蘭蘭、麗麗の指示に従って下さい」
鈴莉の説明の後、「こちらに集合して下さい」と廊下から美玲が呼びかける。指示通り集合したのちに、ぞろぞろと部屋を出て行く新米宮女たちを見送ると、鈴莉がわたくしの名を呼んだ。
「冬家のご当主様から私と雪花様宛に文が届いておりました」
「叔父様から?」
「はい。私に宛てられたものを先に読みましたが、何処かから雪花様が宮女を集めておられることが秀次様に漏れたようです。念のため後宮の検閲記録を確認しましたが美玲や蘭蘭、麗麗は暫く何処にも文を出していないようなので、彼女たちで無いことは確かです」
鈴莉から渡された文を受け取って、中を確認する。叔父様はわたくしが冬宮の宮女を探していたことを分家筋から耳にしたらしい。
鈴莉に頼んで声を掛けてもらったのは、前冬家当主時代に仕えてくれていた人たちだ。今の冬家と全く関わりがない人もいれば、今も冬家と関わりがある家だってある。きっとその辺りの人から漏れてしまったのね。
叔父様に隠し通せるとも思っていなかったけれど、まさかこんなに早く見つかるなんて。
わたくしは軽く息を吐いて、読んでいた文を机の上に置く。
人を集めていたのなら、何故相談してくれなかったのか。文を出してくれれば冬家当主の力で50人でも100人でも必要なだけ優秀な人材を集められるというのに。といった旨がそこに書かれていた。
「優秀な人材、……ね」
きっと、叔父様に従順な家の者を紛れ込ませるつもりだったのでしょう。“優秀な人材”とは、叔父様にとって都合の良い人間のことに違いないわ。
今からでも何名か人選して送ってやろう。人が多すぎて困ることは無いはずだ。と文の終盤には叔父様が人集めに動いている旨が記されていた。
「叔父様には困りましたわ……」
「えぇ、全くです。如何致しますか?」
「一先ず、もう十分な人数が集まったからと、お断りするしか無さそうね」
呟くと「雪花様、そういうことなら私達にお任せ下さい!」と麗麗の声がする。そちらへ顔を向けると、新米宮女たちの教育に動き出していたはずの麗麗がわたくしの目の前に来た。
「麗麗、貴女は美玲たちと新米宮女の教育担当でしょう?教育の方はどうしたの?」
鈴莉の問い掛けに「今は美玲と蘭蘭が冬宮の建物の中を案内をしています。一緒に行こうとしたのですが、雪花様と鈴莉様が話す声が聞こえて、気になってしまいました」と、気恥ずかしそうに話し出す。
「私達は今でこそ雪花様にお使えすることだけを考えていますが、元々は秀次様の命で後宮入りした身です。後宮の出来事を詳細に書くわけにもいきませんから、偶に報告の文を送る程度でしたが、雪花様にお仕えすると決めた頃からはその文も送っておりません。それでもまだ秀次様に多少は信頼されてはいる筈です」
麗麗があまりにもハッキリと最初は叔父様にわたくしのことを報告していたと告白したので、ポカンとしてしまった。
何でも素直に答えるところは彼女の長所でもあり短所と言えそうね。けれど、だからこそ今はわたくしの為に仕えてくれていることがよく分かったわ。
「それはそうだけれど、麗麗たちが文を送った程度でで叔父様が簡単に諦めるとは思えないわ」
「検閲で文が届かないことがあることを秀次様に匂わせればよいのです。例えば、“雪花様と煌月殿下の仲睦まじいご様子を詳細に書いたら手元に戻って来てしまった”というのはどうでしょうか?」
確かに、皇太子殿下や皇帝陛下をはじめとした皇帝の一族に関する内容が書かれている文は検閲で引っ掛かりやすい。
「でも、今まで送っていた文は叔父様に届いていたのでしょう?」
「はい。……あ、でも一度、突き返されたことがあります」
「どんな内容を書いたの?」
鈴莉が尋ねると、麗麗は腕を組んで思い出しながら答える。
「確か……万姫様のお茶会に呼ばれた雪花様が北の離れに連れて行かれたことを書きました」
「……その件は、叔父様に伝わらなくてとても良かったわ」
わたくしが呟くと「えぇ。私もその様に思います」と鈴莉が気まずそうに頷いた。最終的に疑いは晴れたとはいえ、叔父様に知られていたら事が大きくなっていたかもしれないもの。
「兎に角、私達にお任せ下さい! 今日入った新米宮女や少し前に入ったばかりの宮女に負けないよう、お手本になるよう頑張りますから!!」
いつになくやる気の麗麗。先輩として後輩に良いところを見せたい。役に立ちたい。きっと、そんな思いから来ているのかも知れませんわね。
「分かりました。そこまで言うなら3人にお願いします」
「ありがとうございます!」
「それとは別で、わたくしもやんわりとお断りの返事を出すわ」
わたくしが言えば、鈴莉も「私もお断りの返事を出します」と続ける。
「あくまでも麗麗達は断りの文句を出さないように。揃いも揃ってご当主様の提案をお断りすれば、怪しまれてしまうわ。特に貴方達3人はご当主様に選ばれて後宮入りした身です。まだご当主様に忠実に仕えていると思わせたいのなら尚更よ」
「はい。鈴莉様お任せを。雪花様の為に精一杯頑張ります。美玲たちには私から伝えておきますね。それでは、私は新米宮女の教育に戻ります」
一礼すると、数分前に部屋を出ていた美玲や新米宮女を追いかけるように麗麗は部屋を後にした。